おせんの江戸日誌

江戸と平成の世を行きつ戻りつの書き散らし

習ったうちの一つ 

関東一円に名を知られた川崎大師への道、いわゆる大師道に面して茂吉の店はあった。
近いため江戸から日帰りの参詣客も多く、茂吉の祖末な店もそれなり以上に流行っている。
その茂吉が、手頃な長さに切った竹を店先でためつすがめつ眺めているところへ平作が帰ってきた。
「とっちゃん ただいま! その竹、うちの店で使うのかい?」
「そうだ。そんなことより平作、きょうはどんな字を習ったんだ。忘れちゃねえだろうな」
「おいら忘れてなんかない!きょうのはウチに関わりある漢字なんだ。あとで書いてあげるよ」
そんな会話のあと、親子は朝の残りのネギ汁とたくあんをおかずにして昼飯を食べた。

まっすぐ育っていやがる…… おきねは死んじまったがアイツはおっかあを恋しがるそぶりも見せねえ。
家の手伝いも進んでするし、手習いだって師匠はほんに賢い子だとおっしゃってくださった……

茂吉は自分の骨身に沁みている読み書きが出来ないゆえの苦労と屈辱を、一人息子にだけはさせたくなかった。
そしてそれは産後すぐ死んだおきねも同じ気持ちだったのだ。字を読める書ける、そろばんができる
それだけでどんな出世の道がひらけるかも知れねえんだ。
「とっちゃん! どうだい凄いだろ。きょう習ったばかりの漢字三つのうちの一つだ。
 これ、うちの商品には焼いたのもありって書いてあるんだ。道から見えるよう表に貼っとくよ」
    YQ4CWsMg4pNUJz41486272686_1486272817.png  「焼いたのもあり、か」茂吉の目に平作の姿がなぜか、ぼやけて見えた。




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できそこない 


同じ長屋に住んでいる飛脚の双助が、田舎土産ですがと『うどん粉』を持ってきました。
うどん粉、時代が下ればメリケン粉、もっと下ると小麦粉とかいうアレでございます。
双助は栗橋村の出で、村は日光街道は江戸・日本橋から数えて7番目の宿場近くと聞きました。
ま、それはともかく、長屋住まいにはうどん粉なぞ縁のない代物ですから、アタシも困りはてました。
するとそこに飛び込んできたのが亀吉と留助の駕篭かき二人組。で、決まりました。うどん粉の使い道。
なにしろ釣り好きな二人が持ち込んだのが、釣ったばかりの立派な太刀魚四匹だったからです。
刺身にすれば旨かろうが、腕は無し!のアタシでも魚を三枚におろすくらいはできるんですヨ。ホント。

身は三等分か四等分くらいにぶつ切りしたら、おろしやすいでしょうねぇ。
醤油に、にんにく一片としょうが一片すりおろしたのを入れ、おろして大きめ短冊に切った魚を入れる。
入れた魚に醤油だれを軽く揉みこみ、しばらく置いたのちに『うどん粉』をまぶして揚げるわけです。
つまりは、白身魚の唐揚げとでも申しましょうか。

図々しくも、いつのまにかちゃっかり上がりこんで漬け物で酒を飲んでいた亀吉留助のふたりが、口々に

   「匂いは旨そうだけど ・・・ 」 「 見た目は天ぷらのできそこないのような .... 」

などと言ってたくせして、いざとなると夢中で箸を動かし、好きな酒を飲むのも忘れた様子。
しまいには天日干ししていた中骨部分まで揚げる羽目になったのですから かないません。
もちろん揚るとすぐに双助と波池の旦那には届けましたし、アタシの分は隠してあります。でもねえ ....
干した中骨を揚げて塩をパラリと振れば、おいしい骨せんべいになったのですから残念なことをしました。
                 太刀魚
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唐茄子対唐辛子 

大工の虎三がももひき長屋に帰ったのが暮れ六つの鐘がボヲンボヲンと聞こえてまもなくの頃。
女房のお熊が晩めしに出したのが山盛りの唐茄子(カボチャ)の煮物だけだったので

   「オイオイ、惣菜やで買った見切り品の唐茄子煮が晩めしかい。こんなのが食えるか!
     安けりゃいいって言う伝でいくと、さしずめ明日はオレの嫌いなイワシにする気だな」

   「ハァ? なんでイワシなのサ」

   「きょうは銚子でイワシが大漁、安くなるに決まってるからじゃねえか バカ」

なんで行ってもない銚子の漁が分かるのかね? 首をかしげたお熊に、虎三は股ぐらをボリボリ掻きつつ
きんたまがかいけりゃ てうしでイワシがうんととれ、ってえのを知らねえのか!この唐茄子ババアめ!

温気になると、イワシも大漁、股ぐらも痒くなる…… 虎三に唐茄子呼ばわりされた上にくだらない説を聞かされ
ヘヘンと鼻先で笑ったお熊、

「なんと賢いきんたまじゃないか。その真上の唐辛子は役立たずだけどネ」

ついつい言ってはならない事を口走ってしまい

   「なにお てめえ言葉が過ぎると 叩っ殺してやるぞ!」

   「ヲヲ、殺さば殺せ。てめえなんか幽霊になってとり殺してやるゾ」

睨みあったお熊虎三、慣れたもので、既に立ち上がってジリ、ジリ、と間合いを詰め始めている .......
               犬
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春の朝めし 

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赤山の御隠居に春ならではのおかずを教えて頂き、実際アタシも作ってみました 何度も。
このおかずと、炊きたてのご飯、あとは味噌汁があれば至福の朝ご飯となりましょう。
いえ、昼でも夜でも、そこはそれ、お好きな時に。
以下、口伝をそのまま ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー

知り合いの漁師よりシラスをさっと釜茹でにしたものをもらったのが、ついこのあいだ。
大根おろしと共に食べたりしたが、量が夫婦二人暮らしにはあまりに多かった。
で、ふと思いついて残りをカラカラに天日干しにしようと、やってみたらこれが上手く出来た訳じゃ。

それで今朝は庭先の菜の花を穫って来、洗ってざく切りにし熱鍋で煎ってみた。
菜の花は花の咲いていないのを選び、わずかに黄色の花の色を覗かせた蕾もそのまま使うことにし、天日
干しのシラス(ちりめんじゃこ)も同時に投げ込んだのは単なる思いつきである。
しかし、煎るといっても洗った時の水気が残っているから、どちらかと言えば蒸し茹でに近いのかもしれんのう。

菜の花の火の通りは早いから油断してはならぬ、気合いを入れてやらねば。
途中、菜の花の茎に『ちとまだ固さが残る』くらいで、醤油を『たらぁり』と適宜落として混ぜよ。
とにかく勝負の分かれ目は菜の花の茹だり具合、それに味付けじゃ。
醤油が多過ぎても足りなくてもいかん。
それらすべてが上手くいけば、ご飯は何杯でも食べられること必定。。。
 
 「ふむふむ 菜の花の少々の苦み、シラスのかすかな塩味とわずかな醤油の風味 ・・・
  こりゃ白いご飯に まっこと、良く合うのう 。。。。。」

              菜の花
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早くこいこい 

                        
ここの長屋にある後架(便所)の汲取料をガッポリ懐に入れている大家さん。
それでかどうか知りませんが、一年に一度この時期になると長屋の衆に餅を配ってくださるんですヨ。
ま、これはよその長屋でもあるらしく珍しい話じゃないということですが。
でも、それでアタシら貧乏人も正月には雑煮にありつけるんですから、ありがたいことでございます。

で、その毎年恒例のお餅をきのう頂きましたが昨年より量が多かったのにびっくり!
雑煮だけじゃなく焼くのもいけそう ...... でも、食べきれるかしらねえ。(食べますけど ホホホ
                  餅 
小松菜

  雑煮には餅の他には小松菜を入れるくらいですネ

  白い餅に緑色した小松菜の取り合わせは綺麗ですし

  なんたって食べておいしい!

  小松川村から来るいつもの野菜売り、まだかしらねえ .....




このところ色気抜きの食い気だけなもんで、モウモウ『早くこいこいお正月』の気分満開なのでございます。

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