おせんの江戸日誌

江戸と平成の世を行きつ戻りつの書き散らし

月命日 享保元年十月 参道の女 その九 

翌日、空は高く晴れ上がり暖かな日差しに満ちていた。
伝吉と共に店を出ようとしている作次に向かい、

「月命日の墓参りにうってつけで何よりですねえ」

と五平は笑った。作次と六十を超えている五平が並ぶと、まるで祖父と孫のように見えるらしい。
近ごろでは作次自身が五平を本当の祖父のように感じ始めているのだから、他人にそう見えて当然なのかもしれない。

伝吉と他愛ない話しをしながら歩いているうちに、作次は昨夜聞いた五平の怪しい行動を忘れよう、聞かなかった事に
したい、と思い始めている。
きょうの伝吉は五平の一件について一言も触れなかった。

伝吉と別れた堅川沿いの道から南にそれ、あぜ道を歩いてしばらくすると木々に取り囲まれるように建っている滋眼寺
が見え隠れし始める。
この寺の開基は文亀二年と非常に古く、田舎の古寺にしては堂々とした建物で手入れも行き届いている。
「よほどの金持ちが檀家についてるのだろうよ」などと人々の噂にのぼるのも当たり前なのかもしれない。
門をくぐると境内の木々には紅葉がまだ鮮やかに残っていた。

墓参りを終えると、作次は急ぎの用が無い限り和尚の部屋でひと時を過ごすことにしている。
それで今も和尚と茶を飲んでいるわけだが

「よう流行っているようじゃな。けっこう。けっこう」

和尚は笑いながら文机の上の漆塗りの小箱を取り、作次の前に置いた。


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うそ 享保元年十月 参道の女 その八 

幼馴染みの伝吉が嘘をつくような男じゃないのは重々承知の作次だ。
五平も誠実を絵に描いたような人柄で、嘘をつくなどとてもじゃないが信じられない。
あの日川崎宿の手前、六郷川の渡し近くに住む「兄の看病がしたいので」と言った五平の表情には
切迫したものがあった。

「気の済むまで看病してきなせえ」

と作次に見送られて慌ただしく旅立った五平なのだ。
まさか「両国広小路で小つぶ千両でもあるめえ」と作次が思うのも無理はない。

「作ちゃん、鍋が煮えてきたようだぜ」

焼いた魚をあらかた食べてしまった伝吉はそう言うと、湯のみの酒をグビリと呑んだ。


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焼き芋 享保元年十月 参道の女 その七 

五平考案の焼き芋はたちまち大評判をとって売れに売れた。
羅漢寺に参詣に訪れた人や通りがかりの人のみならず、寺の小坊主や坊さんまでもが
こっそり買いに来るほどなのだからその評判のほどが知れよう。
たけ屋の周辺の茶店がこれをいち早く真似たのは当然ともいえる。
それまでサツマイモは茹でるか蒸して食べるのが一般的だった。
それが焼き芋にすると、まるでまったく別の食べものになる。
パリッと焼きあがった皮の中はほっこり甘く、香ばしい匂いもたまらない。
人々は焼き芋に夢中になり、その商売はたちまち江戸市中に広まっていった。

そんなある日、泊まりがけで遊びに来ていた伝吉が、五平が帰ったあと妙なことを言い出した。
老舗『鶴田屋嘉兵衛』から五平が出てくるところを見かけたというのだ。
鶴田屋嘉兵衛は両国広小路に店を構える菓子商で、大名家にも出入りしている大店である。
ここの『栗落雁』は非常に有名で、西国にまで名を知られているとか。
これは山栗と和三盆が材料で、山栗の野趣と和三盆の上品な甘みが絶妙の高価な佳品である。
安価なものでは『小つぶ千両』というこしあんを使った団子があって、これも非常に美味い。
女中や丁稚の給金で買えるものだから、これを五平が買いに行ったとしても別に不思議ではない。
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老爺 享保元年十月 参道の女 その六 

それから数日して、作次はふと思いたつままに店を休み熊造の墓参りに出かけた。
寺は深川にあり、滋眼寺という。
この寺の天正和尚はなぜか熊造を非常に気に入ってい、子どもだった作次に字を教えたり
菓子を与えたりとずいぶん可愛がってくれたものだ。
きょうも久しぶりの墓参りなのに和尚は小言など言わず、喜んでくれた。
それどころか「もうクタクタなんで」と、つい愚痴っぽくなりがちな作次に顔をほころばせ
ながら「いいのがいる」と下働きの者まで紹介してくれたのである。

和尚の紹介で、たけ屋に通い始めた五平という名のその老爺は骨身を惜しまず働いて作次を助けた。
それに万事に出しゃばることがないから作次とは うまが合った。
問題は作次目あてに来る女客たちだが、母親連れや女中を従えて来る娘はまだましなほうで
仲の良い者どうしで連れだってくる女客がちと図々しい。
作次の顔や仕草に見入ったあげく、ひそひそ声で語り合う。嬌声をあげたりもする。
ほかにも昔スリだったという噂のある女や尼くずれの女など変なのもやってくる。
きのうの町娘などは作次を見るなり「新五郎さまだ」と連れの女の膝に泣き崩れた。
なんでもその町娘は正徳四年だったかに三宅島へ流された、あの絵島生島事件の生島新五郎を
かねてからひいきにしていたらしい。

どいつもこいつも、と店を閉めてから作次がくさりきったのは当然といえよう。

あしたはサツマイモを焼いたのを出しちゃどうでしょう。と言いおいて五平は帰っていった。
初めて聞いたが、サツマイモは美味そうだな、と作次は乗り気になっている。
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月明かり 享保元年九月 参道の女その五 

昨夜から降り始めた雨は昼すぎになって止んでいる。
雨が降ると道が泥田のようになるので出歩く人は少ない。
もちろん羅漢寺のあたりに人影はほとんど無い。
たけ屋の中も幼馴染みの伝吉と遅がけに珍しく駕篭で乗りつけた
婆さんだけで静かなものだ。

「作ちゃん、こう忙しくなってくると手が足りねえんじゃねえのか?」

と、言いつつ伝吉は次の団子を頬張った。

「ああ、人手も足りねえし店だって狭すぎる。けど、金もねえしな ・・・」

あとはため息になってしまった作次の言葉を追うように鐘が鳴った。
暮れ六つを知らせる時の鐘である。
婆さんが財布を取り出して銭を数えはじめた。

きょうは骨休めができた作次だが、目の下にはまだうっすらと隈が浮いている。
店が流行るのはいいが、忙しすぎて近ごろは薪を割る腰がふらついてしまう作次なのだ。

「ま、人手についちゃ俺も心あたりが無くもねえ。二、三、あたってみるつもりだ。
 作ちゃん それまで無理するんじゃねえぜ。また来るからよぉ」

待たせていた駕篭に、婆さんが乗り込むのを助ける作次を励まして伝吉は帰っていった。
深川にある船宿の雇われ船頭である伝吉、これでけっこう顔が広い。

作次はそれから里芋の茹でたのへ塩を振って食べ、酒を少しばかり呑んでから寝た。
外では十三夜の月に照らし出されたすすきのひとむらが風にゆれている。
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