おせんの江戸日誌

江戸と平成の世を行きつ戻りつの書き散らし

ツケ払い 


なんとか波池様の下帯(褌)を縫うことにこぎつけたアタシですが、やれやれ・・・他の者たちが俺も俺もで
結局独り者の双助と伝蔵のも縫う羽目になってしまいました。
ま、ふたりのは普通に縫うけど波池の旦那のは袋縫いに返し縫い、いや千鳥がけなんかもしちゃお!いやいや
それよかいっそ目立たぬ白糸でアタシの名でも刺してみようか、などとけしからぬことを考えていると

   「おせんさん おいでですか?」とお米さんの声。
   「あの今から仕上がったものを届けに行きますので」
   「あ、おみよちゃんなら見といてあげるヨ。それにしてもお米さんも精がでるねえ」
   「いえ、もう考えるのは暮れの節季払いのことばかりで。貧乏暇なしですよ」
   「ほんと。毎回払ったつもりで貯めてたら一番いいんだろうけどねぇ」

お米さんは仕上がった内職物が入った風呂敷包みを抱え「それでは」と出かけてゆきました。
普段買ったものをツケにして 盆と暮れ(大晦日)の年二回、清算するのが節季払いなんですヨ。
つまり毎日の買い物の代金はツケにしといて盆と暮れの半期ごとにまとめて代金を支払うことなんですネ。
手もとにお金が無くても買えるのは気楽といえば気楽なんですけど『ちりも積もれば何とやら』で、米や油
や何やらの代金をまとめて払う段になると、けっこうな値になっているのでございます。
買ってから払うまでの間の分も値段に上乗せされてるのがちょっと損したような悔しいような感じ・・・

さてと、こんなことしてるまに じき年の暮れになっちまう!
本気出して稼がなきゃ年が越せないかも。怖ぃ〜 !なんかいい儲け話しないかねえ。
                 こどもふたり
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さらしもめん 


あっ 塩がきれてるじゃないか! ええい、店まで買いに行くのも面倒な、と思ったので家の外に出、塩売りの
お爺さんがそろそろ来る頃だとボンヤリ待っていると、伝蔵の家から主(ぬし)の伝蔵始め、お熊さんとこの
亭主に双助、平吉などがゾロゾロ出てきました。

   「これで四人は決まった。あとは二人だ!」
   「さらし一反で六人分、六人が寄って金を出し合えば御(おん)の字だぜ」
   「うまくいけば正月に間に合うゾ」

などと口々に喜びの声をあげていますが、ナァンダ・・・大の男が雁首揃え、たかが晒(さらし)木綿一反を
買う算段をしていたとはバカバカしい.... などと言っちゃあいけません。
この頃の呉服屋は晒でも一反単位でしか売らなかったから貧乏人は金を出し合って買ってたんですヨ。
なにしろ買った一反からは六尺褌(ふんどし)が六枚作れますからネ。暮らしの知恵ってやつでございます。
マ、そんなことアタシには関係ないことサと思っていたら、ガラリと戸を開けて出てきた波池様が渋い御声で

   「その話、拙者も乗ろう」

何でも先日、湯屋で板の間稼ぎにナニ(褌)を盗られちゃったのですって!
ああっ モウッ 。。。波池様のならアタシ、縫ってさしあげようかしら・・・
                                   千鳥 青緑

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丑の刻参り 




真夜中に目覚めた神主、外に異様な気配を感じ出てみると
神木に女が灸をすえている。
呪うなら釘を打つはず、と不思議に思った神主

 「これ、なぜ釘を打たぬ?」
 「ふふッ アタシが呪う男が糠屋(ヌカヤ)だからサ」
                             踊る男
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猫に小紋 


ここは菓子商鶴田屋嘉兵衛の主人夫婦の居間。
嘉兵衛の妻女、つまりお内儀と言われるお民は芸者菊乃のおっかさんでもあります。
そのお民のもとへ番頭に連れられてきた小僧の長吉ですが


   「長吉や、正月のおまえの着物は何にしてやろうか」
   「ハイ、わたしのは鼠小紋にして下さりませ」
   「これ長吉、着物は他の小僧にも作るもの。そんな小声で言わずともよいじゃないか」
   「イヤ、あすこで猫が聞いております」


               小紋と猫
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湯屋の晩酌 


ちぇっと舌打ちした吉三(きちぞう)は湯のみにわずかに残っていた酒をぐいと飲み干した。

   「あの客、風呂で髪を洗いたいだなんて馬鹿なことを言いやがって...... ケッ」

皆が皆、頭を洗えば風呂の湯が減るに決まっている。な、そうだろ?
それで減ったらえっちらおっちら水を運んできて足さなきゃならないんだゾ。
ところがそれで目出たし目出たしとならないのがこの稼業の辛いところだ。
なんたって水を足せば足したで湯がぬるくなるのは物の道理。仏の教え・・・!?
そこまで考え気持ちがたかぶってきた吉三はつい大声で

   「ぬるい湯なんぞに江戸っ子のいったい誰が入るってんだあ!」

怒鳴ってしまい、自分でその声に驚いてヒョイと首をすくめましたが、あたりは静かで
隣の部屋からカミサンの鼾(いびき)が聞こえてくるばかり。
さっきまでの怒りもその鼾を聞いたとたん急に萎えてしまい、今度はボソボソと

   「ぬるい湯を熱くするには薪がいる。
    それで日に薪一本余計に焚いたとしても年に三百六十本。まあ一本じゃ足りやしないが。
    薪を増やして儲けになりゃいいが、湯屋ってのは夏は押すな押すなで冬場は閑古鳥。
    マ、閑古鳥は言い過ぎだが商売になんねぇのはホント。グスン。。。
    湯屋なんて割に合わない!儲かる商売じゃないんだよお。
    あ〜 モウ 湯屋で頭洗うなんて無理無理!無理だってば グスッ .....

明日はサボリ上手の釜焚きの五助の見張りもしなきゃならない吉三、這うようにして
カミサンの布団に潜り込み蹴飛ばされて呻いたのも一瞬、そのまま寝入ってしまった。

親の後を継いだとはいえ時にはずる休みした平助に代わって客の垢擦りもするなど、
大店の跡継ぎとは較べもならない湯屋のキツイ仕事。
吉三が泣き上戸なのは仕方ないことなのかもしれない。
                             落款
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ふんどしエレジー 


久しぶりに髪を洗いたいと井戸の空いた時を狙って洗髪にかかり、首尾よく洗い終えた
ところにこれまたお久しぶりの参八が現れました。

   「あれれ? 姐さんこの前洗ったばかりじゃ!??」
   「そうだねえ。この前が十日ほど前。チト洗いすぎかもしれないネ」

でもネ、「十日に一回で洗いすぎ!?」なんて驚いちゃいけませんヨ。アタシたちの場合
腰まであるような長い髪を結ってたせいで、こまめに洗うことが無かったので。
それが証拠に、うどん粉や米ぬかなど使ってひと月に一、二度洗うのが世間の相場。
マ、人にもよるでしょうし菊乃さんみたいな芸者サンとか玄人筋の人の場合は髪を洗う
回数が多いように聞いておりますけど。ところで参八いったい何の用なんだ?

   「実は姐さん、また出たんですよお」
   「アラ ヤダ。『せがれの嫁』に『毒きゅうり』とよく出る男だねえ。今度はいったい何なのサ 」
   「ゆ・き・だ・お・れ、でげす。男が行き倒れ。」

なんでも参八が最初に見つけたのだそうで、可哀想にすでに息はなかったのだとか......
泡を食った参八が番屋に届けたまでは上首尾だったのですが、倒れていた男が褌(ふんどし)
付けていなかったがために

   「アタシが殺(あや)めて盗んだんじゃないかって......」

疑われた参八は番屋まで引っぱられ、御番所からお役人が出張ってくる騒ぎになったとか。
ま、師匠に破門同然の身とはいえ身元はしっかりしてるし行き倒れの男の死因も病気が原因
だとわかったので無罪放免となったということです。良かったねぇ。

   「それにアタシの持ち物は財布と扇子一本だけ。
    そのうえ、締めてた褌はひとつだけだった、それが良かった。イヒヒ」
   「でも身に付けてるソレがホントにお前のナニだと、何で分ってもらえたのサ?」
   「イッヒッヒ 実は惚れた女の名を刺(刺繍)してましてね、褌に。それで助かりやした。
    モチ、アタシの名とくっつけて刺してるんで! 家にあるのもゼ〜ンブがそう。
    姐さん見たい? 見たい?? なら見したげます ほれ ほれ イッヒッヒ〜 」
   「ウギャーそんなの見たかないよッ。てっ てめえなんか おととい来やがれッ 」
                        犬
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板の間稼ぎ 


軽石にヘチマ、米ぬかに手ぬぐいと七つ道具をしっかり持って女一人が向かうは金沢町の湯。
町ごとに風呂ありってさすがはお江戸だ、ありがたいねぇと思いつつ女側の土間に入ったら
高座(番台)に座っているおじさんが浮かぬ顔をしています。
どうしたんですか?と尋ねると、おじさんは一層情けない顔つきになり

   「 イエ、ついさっき男湯の時に板の間稼ぎが出ましたんで・・・」

この金沢町の湯は『男女入込(混浴)停止すべし』の御触れを守って男女入れ替え制をしており
男だけ入る、女だけ入ると時間帯を決めていますので女の人にゃとても評判がいいんですヨ。
何を隠そう実はアタシもそれが気に入って通ってるんです。
だって、入れ込みだと中にはよからぬコトをする男もおりますからネ。
ま、そんなスケベ野郎よりタチが悪いのが脱衣所で衣類や金品を盗む板の間稼ぎなのですが

   「あらまぁ! ソイツはずっしり重たいのを盗ったんですネ?」
   「いや、モノは褌(ふんどし)なんですが、まんまと逃げられちゃってネ。グヤヂ〜
    高座はご覧の通り女用の脱衣所しか目が届かないので男のほうには見張り人を
    ひとり置いてるわけですが、その見張り人が湯当たりした客を介抱してる隙に
    やられちゃいました ん、モウ!グヤヂ〜
    
女は大金持ちでもない限り古着が当たり前。男も新品の褌をあつらえることは滅多にできない
わけで、褌だって立派な貴重品。盗む奴も当然いたというわけで珍しいことじゃありません。
脱衣所に置かずに頭にくくりつけて湯に入る人もいたほどです。いえ、アタシは見たことありませんヨ...


おじさんが言うには盗られたほうは人品卑しからぬ浪人で「オヤジ、儂は構わぬ。気にせずとも
良いぞ」と言い残し、ぶらぶらと帰っていかれたそうでございます......

                                江戸踊り
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江戸小唄 

夜になってちょいとひんやりしてきたので、野良猫をつかまえて懐(なつ)いたら一緒に
寝てやろうとメザシで釣ったのですが、まんまと逃げられてしまいました。

お江戸の猫はのんびりしてるようで実は気が張っております。なぜかって!?
なにしろ「いい猫はいねえか? いたら三味線に張ってやろ。。。オイデオイデ」ですから。

おや、どこからか三味線の音(ネ)が聞こえてきたと思ったらその内小唄まじりになってきて
ア、これ四季って唄だねえ。これはホントいいねぇ。

     春の野に出てサ 白梅 見れば サーヨオィ
     露にびん毛がサ いよみな濡れる
     よしてくんさい おぼろ月

     夏の夜に出てサ 蛍狩りに サーヨオィ
     露に 団扇(うちわ)がサ いよみな 濡れる
     よしてくんさい お月さま

     秋の夜に出てサ 七草つめば サーヨオィ
     露に 小褄(こづま)がサ いよみな濡れる
     よしてくんさい 女郎花(おみなえし)

     冬の夜に出てサ きぬたを聞けば サーヨオィ
     露に 衣がサ いよみな濡れる
     よしてくんさい 寒念仏

あー モウッ 小唄を聞いてたら酔ってるせいか、なんだか切なくなっちゃいました。
波池さまのオウチに徳利さげて行っちゃおうかしら。行ってもいなかったりして・・・
     

   歌川国芳 天保12年(1841)

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タバコ 




きょうは、ふと思いたって久しぶりに鐘ケ淵にお住まいの赤山先生のお宅にお邪魔しました。
先生は「もうあとは死ぬばかり」などと言って年寄りぶっておられますがとんでもございません。
いつも若い者をいたぶって喜んでいるような、中々どうして食えない爺さんなのでございます。

きょうもご自分で庭先にお作りになった趣味の畑の手入れをなさってらしたのですが

   「アラ、先生!お庭のタバコの花が奇麗ですけど、お植えなされましたか?」
   「イヤ、植えた覚えはござらぬ。
    おおかた掃除の時にでも吸い殻を落としたのが運良く育ったのでござろう」
   「 ・・・・・・ 」


                  たばこの花   踊る男

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女心と鰯雲 


「エ、いわしこい。エ、いわしこい」の売り声に誘われてフラリと出てみれば
棒手振(ボテフリ)の兄さんは、もう長屋のオカミサン連中に取っ捕まっておりました。

   「こりゃあ、さっき揚がったばっかりのものだぜ!」

魚売りの兄さんはそう言うや、取り囲んでいるオカミサン連中を得意そうな顔で見回しました。
なるほど地面におろした木桶には、イキのいいのがギッシリ。
その中に丸々と肥ったピカピカのイワシがあったので

「それを刺身に作っちゃくれないか」

と、頼んだアタシにニカッと笑って見せてから、兄さんはさっそく魚をさばき始めました。
向こう鉢巻に尻切れ半纏(ハンテン)を片肌脱ぎにした兄さんが、額に汗を浮かべながら
手際良く魚をおろしている図はイナセでこたえられません。
アタシの注文が口火を切った格好になり「ウチのはつみれにしておくれ」「ウチは塩焼きに
するんだからウロコだけ取っといて」と注文が相次ぎ、それをこなした棒手振の兄さんは次
の客を求めて軽くなった木桶を下げて走り去って行きました。
兄さんの腰に下がった大ぶりの煙草入れが大きく揺れている・・・

生魚は鮮度が命、ああしてさっさと売りさばかないとすぐに弱っちまうからねぇ。
あたしの鮮度は大丈夫だろうか?いきなりそんな思いが浮かんだけれど、ナニ大丈夫さ。
けど、波池の旦那がいつまでも愚図愚図してると知らないよ。

目の前を横切った一匹のトンボ。
その行方を追って見上げた空はずうんと高くって、いわし雲がどこまでも広がっていた。
           魚売り

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八丁堀同心絵姿 


くる日もくる日もマウスで絵を描いていた時期がございます。
ああいうのを「 病が高じた 」というのかもしれません。
江戸女にゃ、パソコンは無理。マウスで絵を描くだなんてもっと無理・・・
けれど、鯉口のおせんは相当にしつこい。安珍清姫の清姫が尻尾巻いて逃げ出すくらい。

   「 無理というより無茶ってもんでしょ、姐さん! 」

お絵描きに夢中のアタシに参八があきれてしまい、その間(カン)顔出ししなかったくらい。

ところで、アタシのお気に入り小説・映画・ドラマはもちろん髷(マゲ)ものでございます。
ドラマだと「 陰や影 」の扱い抜群の必殺シリーズ(好きなのは初期のもの)にゃシビレッ放し
それに、仕事中は昼行灯いざとなったらキリリと必殺!の中村主水が良うございました。 
ところが主水が注目をあびたことからドラマの中でムコいびりの場面がグウンと増えちゃって、
髷ものホームドラマみたいな風になってしまい、トッテモ残念な思いがしたアタシです。
                        
      狐のモンド
           2010.02.20 マウス描画
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恵比寿サンと大黒サン 


嬉しいことにアタシと気の合うお舟ちゃんが奉公先から一日の休みをもらえたそうで、
さっそく一緒に遊びに行こうとなったのですが行き先が中々決まりません。
あそこだここだ!と家で言っていても埒(らち)があかないのでまずは家を出ることにした
のですが、長屋の木戸を出た途端に不忍池に行こうとなったのですから面白いもんですネ。
向こうに着いたら何か甘いものでも食べようネ、などと喋りながら歩くうちにお舟ちゃんが
ちょと声をひそめて「内緒だけど、アタシ聞いちゃったのヨ」と語り始めたのが、

お舟ちゃんは富商で有名な福島屋福介方に住み込みで働いているのですが、いつもの時刻に
いつものようにお茶を持って上がると福介夫婦が恵比寿様と大黒様を祀(まつ)ってある立派な
棚へ灯明をともし、お神酒(ミキ)を供え何やら唱えている真っ最中で二人とも揃って耳も遠い
ことから障子を開けたのも「お茶をお持ちしました」の声にも気づかぬ様子。

   「私七十、婆六十、息子二人娘二人孫三人、有り金千両ばかり。
    貸家も三十軒ほどございますれば何の不足もござりませぬ。
    ただ、この先も悪事災難が降りかかりませぬように」

ところが主人の願い事が「やっと終わった、ヤレヤレ」とお茶をついでいたお舟ちゃんの耳に
あろうことかあるまいことか

   「なんの、わしらのほうが余程ここの親爺にあやかりたいくらいじゃ。のう」

と、小さな声が、恵比寿様大黒様のおわします棚の中から聞こえてきたのには吃驚仰天......

   「嘘ォ〜!ホント?」
   「けどネ、御二人ともその御声にまったく気づかずに背中丸めてサ、
    お茶をズズーッって すすっていなさるの!」

そんな面白不思議話で道中盛り上がったせいか不忍池にはアッというまに着いた気がします。

それにしても福島屋さんの恵比寿様大黒様ってイイ味出してらっしゃいますヨ。ね!?

                   恵比寿大黒天
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四十八茶百鼠 


江戸三百年といわれるくらい長く続いたのが江戸時代でございますネ。
実際そんな三百年もあったわけじゃなく、二百数十年だったわけですが長かったのは事実。
マ、語呂がいいから三百年ってことなので、そこらあたりは見逃しておくんなさいまし。
そんな江戸時代の折々に幾度となく発布されたのが奢侈(シャシ)禁止令のたぐいですが 
これは派手な着物などはイカン、平たく言えばそういうことなのでございます。
着物の色なんかでも黒や茶、白にねずみに藍染めの青などしか使えない!なんてことも。
けれど、それで「ハイ、さいですか」とならないのが江戸者でございます。
色数を限られると、それならばと色調を多く作って「これでどうだい!」なのでございます。

たまに耳にする四十八茶百鼠というのは茶色だけでも四十八、ねずみ色だと百色もあったという例え。
この数も語呂あわせの匂いがしますが、こういった工夫の積み重ねが江戸の粋を作り上げていった、
そんな気がいたします。

ア、古着売りが来たようだネ。ちょっと冷やかしてみるとするか。

            担い売り
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千社札 

あの、千社札というのがございまして、アタシも見よう見まねで作ってみたことがございます。
         千社札

神社仏閣に参詣した証しとして奉納したのが始まりと言われておりますが起こりは室町時代と
いいますから古い話しでござんすネ。
時代が下って、江戸時代も半ばになって参りますと遊び好きな旦那衆のあいだで色々と趣向を
凝らしたのを交換する交換会というものが流行り、粋と洒落を極め尽くしていくのでございます。

ちなみにいろは茶屋は、池波先生の御本に出てくる谷中(やなか)にあるという知る人ぞ知る茶屋。
日本一いろ男はあたしの贔屓にしている役者の中村國之助でございます。ところでこの國之助、
なにぶんにも江戸の男でございますゆえ、お顔紹介ができぬのが悔しゅうございます。
ま、架空の男とでも思ってくださいまし。
                      踊る男
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SF すっぽんぽん 


日の落ちた高田の馬場沿いの道を歩いていると、いきなりの突風に襲われました。
なぜにそんな所をひとりで歩いていたかは、訳ありですから申しあげられませんが、
強い風に提灯の灯も消えてしまい、人気(ヒトケ)のない場所はいっそう不気味です。

イエ、突風はすぐにおさまりましたが何だか草むらに何かの気配がするのですね これが。
ゾオッと凍りついたのも束の間、折よく雲間から月明かりが差し、気配の主をこの目で
しっかり確かめることができました。

それはなんと素っ裸でうずくまっている大男でございました。
闇夜に素っ裸とは!と、仰天しつつも『この変態野郎めが! 』と、怒りめらめらのアタシ。
それに構わず大男はうずくまったままの姿勢で、身構えたアタシの方にゆっくり顔を向け

   「 皿 粉 ?」

ええ、サラ コナ。確かそう言ったように覚えています。
で、
ははーん 皿と言うところを見ると番町のお屋敷勤めのお菊さんゆかりの人か?
いやいや、粉と言うからには上新粉かくず粉、なら菓子職人かもしれない。
などと色々考えておりますと、いつのまにやら目の前に近づいてきていた大男が
アタシの顔をじっと見定めたのち、気落ちしたのか力無くもたどたどしい口調で

   「チガウ、コノ女デハナイ」

と呟き、元いた場所にノソノソ戻るや最初見た時と同じようにうずくまりました。
それを見て『アンタ誰なのサ』と叫んだわけですが、『田峰だ』とソイツの声が聞こえた
直後に再び突風が起こり、いつのまにやら男の姿は消え失せておりました。
二年ほど前の不思議な体験でしたが結局『たみねだ』と名乗った大男の正体は知れずじまい。
男が消えた場所に転がっていたヘンテコなものを拾ったアタシがあちこちの時代を行き来する
ようになったのは、それからまもなくのことでございます。
ですが、このことは何かとはばかりある話。どうかご内聞に。
                            千鳥 青緑

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ありがたや 


買ったばかりの白粉を袂(たもと)に、イソイソ浮き浮き歩けば向こうから坊様がひとり。
遠目に見ても徳の高い坊様であることは一目瞭然、ありがたやありがたやと歩いていくと
突如ひとりの女が飛び出してき、坊様の裾に取りすがってヨヨと泣き崩れたのでございます。
アタシも驚きましたがまわりを行き交いしていた人たちも驚いた。
高齢の坊様と大年増のまわりには、たちまち黒山の人だかり。

女はさめざめと泣きながら、その昔に若かりし坊様に捨てられたことをなじります。
それを受けた坊様、突然の言いがかりに戸惑いつつも

 「ご覧の通り拙僧は出家の身。それも幼き頃からよりでござる。
  しかも小坊主の頃、羅疫(ラヤク:陰部の腫瘍または潰瘍)を患い、みなおちてしもうた。
  ようよう一寸(3.03センチ)ほどの株(ナニ)が残ったのみでござる」

と申されましたが、女に聞く耳などありはしません。
「その一寸ばかりの株にて ナニしたではございませんか・・・」などと言いつのる始末。

折よくその場に居合わせた御奉行様がそれを聞いて、しばし熟考の末
  「では御坊のモノを見るより仕方なかろう」と、おっしゃったのを受け
  「恥を隠せば理がたたぬ。女も見よ」と、坊様が着衣をほどき

出されしモノを見れば、一寸どころか少なくとも八寸はございましたね。絶対。
最前列に陣取っていたアタシの目に狂いはございません。
年増女は嘘がばれてこそこそと引っ込み、坊様は着衣を直されて去っていかれましたが
それにしても八寸(24.24センチ)とは! これぞ功徳か法悦か!?   ありがたやありがたや。。。


                             江戸踊り

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きぬかつぎ 

駕篭かきの亀吉はやっぱり図々しい奴でございます。
なぜってアタシのところへ顔を出しちゃ食べ放題するんですからねえ。
この頃は昼間はともかく朝夕などめっきり涼しくなってきたものですから
亀吉の食欲はいっそう盛んになっていて怖いくらい。
きょうもやって来たとたんにアタシの朝の残りものをまたたくまに食べ終わり

   「ところで姐さん。
    もうちょい腹にこたえるようようなものが欲しいような・・・」

そこで、さっき茹であがった里芋をザルにあけ、

   「これ食べな、言っとくけど塩しかないよっ!」
   「おっ きぬかつぎですネ! こぅりゃ参ったねぇ」

きのう里芋の皮剥きで手が痒くなったので、きょうは皮付きのまま茹でています。
これだと痒くならないから剥いて煮物などに使えるし、そのまま食べりゃきぬかつぎ
生のまま皮を剥くだなんて、アタシとしたことがきのうはうっかりしておりました。

背の高さ五尺一寸、体重十八貫ちょっとの亀吉は髭面をくしゃくしゃにして笑みくずれ、
里芋の皮をむく手も もどかしげ。
まるで米俵みたいにずんぐりした亀吉が、ちんまりと正座して小さな里芋をぱくつくさまは
愛嬌たっぷりでございます。
       里芋

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せがれの嫁 


アタシが井戸端で里芋を洗っているところへ、つんのめりそうになりながら駆けつけた参八

   「ア、アデサン! い いや違った姐さんだ! 出っ出たんですよお」
   「何がだい!? 何が出たのサ」

血相変えたその形相のあまりのもの凄さに、てっきり狐狸妖怪のたぐいが出たのかと思えば

   「あの、美艶仙女香(ビエンセンニョコウ)って白粉が売り出されたんですがネ
    それが飛ぶように売れてるって・・・ウググ ムグゥ。。。」

売れてる白粉と聞いてついつい我を忘れ、なんだってェ、と参八の襟首引っ掴んだものですから
奴め、失神しかかりました。そこで慌ててホッペタ叩いて問いただしたところ、その白粉は
時は今、文化四年(1807)京橋南伝馬の坂本某が売り出したもので、商品名は人気女形の
瀬川菊之丞の俳号「仙女」にあやかったものだとか。
それを使えば、嘘かホントか!? 十も二十も若く見えるらしいとは聞き捨てならない。

色浅黒く肌きめ細やか、なるたけ薄化粧が江戸の女のいいところなんだと常々思っていたアタシ。
それが売りなんだから化粧でどうこうだなんて、と思っていたはずなのについつい色気が出て
誰かアタシの知ってる人でソレを使ってる人がいるのかい?と問うたところ

   「ヘ、川内屋のお宇多様がこの白粉を使ったら『セガレの嫁に間違われたよお』と
    たいそう喜んでおられたそうで」

参八、川内屋のお宇多さんといえば数えで九十、せがれなんて七十二じゃないか。。。。


                       
                         千鳥 青緑 千鳥 青緑 千鳥 青緑

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まさかの遺伝子 

こうして昭和や平成にちょこまかとお邪魔するようになって何年になるんだろ?
最初は戸惑うことばかりだったけれど、近ごろじゃ慣れてきて路上観察なんてことも。
イエ、観察たって大したことじゃございません。
女のアタシが興味を持つのは化粧衣装のたぐいですからね。知れてます。

街行く人を眺めていて不思議に思ったのは年配の御婦人方の洋服姿でございます。
なかにはもちろん素敵な、センスがいいというか そんな御方もいらっしゃいますが
そうでない御方となると

  服の色が汚い。まるで絵の具の筆洗いバケツの中の濁り水みたい
  違う柄の組み合わせはいいが、それがちぐはぐになってしまってる

というわけで首をひねってたんですが、その疑問が先日氷解いたしました(と思います)

   『その色、その柄の組み合わせは着物だとイケてるじゃないか!』と、ネ!

着るものの選択肢が着物しかなかった時代があまりに長かったせいで
その長い時の蓄積された経験が凝縮されて現代に受け継がれている・・・!?
いわば『着物遺伝子』じゃないのかネ と思った次第。。。

ふっふっふ これは ま、おせんの戯言でございます。


    広重


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着回しの術 

朝夕だいぶ涼しくなってまいりました。
ところが、そうなるとせっつかれてるような、ちょっと落ちつかなくなる長屋の女達ですが、
これは衣替えの時期が近づいた頃特有の気分なんですよねぇ。

   「おせんさん、近いうち皆で一緒にやろうよ。心づもりしといておくれ」
   「アイヨ わかったよ。けどお虎さんも相変わらず気が早いねぇ フフフ

お虎さんが言ってたのは洗い張りの事で、夏の間着ていた単衣(ヒトエ:裏地無し)の着物をほどき
一枚の布状にして晴れた日を狙って洗い、あとは板戸などにピンと張るのが洗い張り。
それが乾いてから裏地を縫い付けて袷(アワセ)に仕立て上げると秋の衣替えも完了です。
つまり、夏用冬用それぞれ別な着物を持ってるわけじゃなくて、一枚の着物の裏地を取ったり
付けたりしてオールシーズン着用してるのです。

ここだけの話ですがアタシ達長屋住まいのような者が持ってる着物の数は少ないんですよね。
なにせ手織りの時代ですから生地の生産量も限られていて新品なんて高くて手が届かない。
アタシなんて親の形見と古着屋で買ったものが数枚、それを大切に着ているのでございます。
たとえ破けたりすり切れてしまったりしても継ぎをあてて、なおも着るわけです。

で、着るものが少ないってことは容れ物も小ちゃくていいってことで、どこの家にもタンス
なんて代物は無いですし、また買えるお金も 置く場所も無いのが実情でございます。
アタシの着物や帯などは柳行李に入れていますが、お虎さんちは竹で編んだ行李(コウリ)だし、
家によっては大きな風呂敷に包んだだけってのも当世珍しいことではございません。



       柳行李


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大上総屋騒動 

黙っていればイイ男に見えなくもない三次、江戸は神田白壁町に住んでおります。
数えで九才の時に今の親方に弟子入りし、道具洗いから始まって才取り、土こね、調合の仕事を
身につけ、今は鏝(コテ)塗りという技術の最終段階に入っております。
これを終えて一年の御礼奉公を済ませれば左官として一人立ちすることになるわけです。

今はまだ親方の家に住み込みということで、嫁取りはまだ先の話し 先の楽しみの三次なのですが、
今回ちょっとはりこんで江戸町一丁目の大上総屋という妓楼に泊まるつもりで上がりました。
上がった客はひとまず二階に案内されるのですが、いっこうにお目当ての白梅がやって来ません。
この白梅は太夫じゃございませんが中々の売れっ妓でけっこう忙しい身の上なのです。
三次は、きょう大漁だったという江戸前の赤貝を肴に酒を飲みつつ白梅を待つことにしました。


いつとは知れず酔いつぶれて寝てしまった三次が、ふと目覚めたのは草木も眠る丑三つ時。
見渡しても探ってみても隣に白梅が居るはずもなく部屋の中には自分ひとりだけです。
白梅を待つあいだ立て続けに酒を飲んだので 咽はカラカラに渇き気分も悪い・・・
それじゃぁと手を伸ばした水差しは空っぽで逆さに振っても一滴の水も落ちやしません。
それではと、気を取り直してよろめく足で炊事場を目指して階段をソーッと下りて行けば

「 盗み食いするんじゃないヨッ 」と、暗闇のどこからか 遣り手婆のしゃがれ声・・・

閻魔大王でも怖じ気をふるうような声に身震いした三次ですが喉の渇きには勝てません。
水がめの水を柄杓(ヒシャク)ですくい、胸元が濡れるのも構わずゴクゴク飲んでいると
   『 ミャオ 』
こ、こんどは化け猫かっ !? と、飛び上がった三次でしたが気を落ち着けて、よくよく見れば
鳴き声の主はどうやら笹尾太夫の飼い猫のようです。
小桶の中の赤貝を狙っていたらしい猫を撫でようと三次が手を伸ばした途端

  『 盗み食いするんじゃないって言ってんだろっ 』

漆黒の闇の中、三次の真後ろから聞こえてきた押し殺しているくせに妙にドスの効いたしゃがれ声。
   ゲェッッーッ ! . . . バ、ババァだーっ  い、いつのまに!? 
あまりの恐ろしさに震えあがった三次、自分の両の腿を生暖かいものが伝っていくのが判りました。
   ヤッチマッタ ・・・

猫はといえばとっくに逃げちまってます。

惚れた白梅はとうとう来ずじまい。泣く子も黙り、ならず者も泣き出す凄腕の遣り手婆に散々に
とっちめられた三次。盗み食いの疑いがとけるまで店に足止めされ、仕事に遅れて親方に大目玉
をくらったのは言うまでもありません。



     大上総屋  踊る男


                   

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白河夜船 


マメなようでマメでない
強いようで強くない(酒に)
別嬪(ベッピン:美人)なようで、 やっぱり別嬪だぁ〜
というのが アタシ、おせんでございます。

きょうは平成の世で手に入れた赤ワインで、一人晩酌。
アタシもすっかり酔っちまいました。

さっきまで派手な夫婦喧嘩をやっていたお熊さんのところもシーン。。。
おみよちゃんちもシーン。
いずくも同じ白河夜船、アタシも眠たい・・・

皆さま、お先に失礼いたします。




                     ん
     は、おせんの・・・


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腰元でございます 

深川芸者の菊乃さんは、かなりの商家のお嬢さんでしたが末っ子ならではの甘やかされ放題。
それでも父親である鶴田屋嘉兵衛は、十二の菊乃を武家に奉公に出すなどしておりました。
けれど三つ子の魂百まで。奉公が終わったとたん抑えていた菊乃のワガママが大爆発!
芸者になりたいと 我(ガ)を張り通しぃの、親も根負けしぃので念願の芸者デビューした次第。
その菊乃さんが奉公してた時のお話しを聞いたので、ちょっと皆さまにも御披露を........



 菊乃の先輩である腰元の須磨、お客様の給仕をすることになりました。
 大切なお客様ですので床の間の掛け物も雪舟の山水画に代えられております。
 一通り給仕を終えた須磨がそれを見てはらはらと涙をこぼしました。
 その様子を見た客が
   「なぜに泣かれる?」
   「ワタクシの父も かかれましたが、山道をかくとて死なれました・・・」
   「そなたが父は絵描きか?」
   「イエ、駕篭かきでござりました。。。」




                  江戸踊り 江戸踊り 江戸踊り





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筆屋のひそかな楽しみ 

姐さん、今更ながらですがね。あたしゃ筆屋になりたかったでげす ホントに......
てなこと言ってる参八だが、その本音がどこにあるか知れたもんじゃない。
それが証拠に、まだ幇間(ホウカン:太鼓持ち)見習い中ながら こないだ見事にお座敷をしくじり、
師匠の勘気が解けてないのを気をもんでいるのは、幇間という仕事に未練がある証拠じゃないか。

   「なんで筆屋なんだい?」
   「いや、あのですね.......ヘヘヘ」

参八の話によれば、筆屋は筆を作り終えるとその毛先を揃えるのに口に含んで、なめるのだとか。
そんなことはアタシも知ってはいましたが、参八が言うには『使うほうも つい毛先をなめちゃう』だって。
ま、それアタシも覚えがあるけど、どんな立派なお屋敷にお住まいの奥様でもなめるって・・・
もちろん御存知でしょうが、江戸の頃の奥様というのは昭和平成の奥様とは大違い・・・
大家の、夫が殿さまと言われるようなそんな御方のことでございます。

   「大家の奥様が、筆を使う時にゃ筆屋の唾をなめているんでげすよ〜〜〜 ウヒーッ」
   「バカッ! 奥様も いろいろいるんだヨッ バァカ・・・」
    

    筆屋


     そう、世の中には妙齢の、立てば芍薬座れば牡丹みたいな奥様ばかりじゃないんだよ。参八。。。


                                江戸踊り

   
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飛脚 

井戸に釣瓶(ツルベ)をおろした丁度その時「おせんさん」と声をかけられた。

   「おや、久しぶりだネ。ちょっと稼ぎが過ぎるんじゃないかえ?」
   「いやいや、近ごろ疲れが取れなくって・・・ 」

飛脚の双助ももう三十、江戸と上方を行ったり来たりもそろそろキツイかもしれない。
辞めたらどうだと勧めたら「俺は走ることしか能がねえ」と言う。

   「あ、江戸市中だけの飛脚ってのはどうだろ!?
    なに、お前みたいなのを集めてやりゃあいいんだヨ。
    うまくいけば指図するだけで おまんまが食べられるようになるかも」
   「つまり元締めってわけですかい」

双助の目がだんだん輝いてきた。
後の世で流行った町飛脚だ、あたらない筈がない。サ!頑張りどころだヨ双助!
   飛脚


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枝豆 

姐さんの好物を買ってきましたヨ。
髭面をほころばせながら入ってきた亀吉が手にしているのは枝付きのまま茹でた枝豆じゃぁないか。

   「さっき売り子に出会いましてネ」

夏になると枝豆売りの姿が現れるようになったのは、いったいいつの頃からだったんだろう。
売り手はそれぞれが好きずきに「枝付き豆〜」とか「枝成り豆〜」などと呼ばわりながら売り歩いてるんだけど
それが後世の「枝豆」の名前の由来になっているとかいないとか・・・
そうそう枝豆といえば、去年の秋に鐘ケ淵の先生に頂いた丹波篠山の「黒枝豆」はおいしかったねぇ。。。

ま、今ここに無い黒枝豆によだれ垂らしててもしょうがない。
さっそく亀吉の持ってきたのを食べようじゃないか。 
それにしても、豆が枝についたままを茹でてそれを売りに来るってのは 嬉しいねえ。
けど、路上で買って食べながら歩くような行儀の悪いのもいるんだからみっともないネ。
それに第一、歩きながら食べるだなんて子どもの躾にゃ良くないと思うネ あたしゃ。
さて 頂きましょうかねぇ どれどれ........

枝豆


   「アッ! ほとんど実が残っちゃいないじゃないかッ」
   「こら亀公ッ お前ここ来るまで歩きながら食っちまったネ。このお〜〜〜」


                           踊る男

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仙人も逃げ出す 


ちょいと朝寝坊しちゃいまして、まだ家の水がめの中は空っぽのまんま。
家に煮炊きする所はあっても、ひねるとジャーと水の出てくる仕掛けなんてございませんから
長屋の住人達が共同井戸から水を汲んで家まで運ぶ、なんてあたりまえのことなのですヨ。

   「おや、おせんさん 随分と遅いじゃないか」
   「さては ゆんべイイ事で夜更かしって寸法かい!? ムヒヒ」
   「あれあれ羨ましいことさ ギャハハ〜」 

井戸端へ行くと、水汲みや朝の炊事などを終えたオカミさん連中が洗濯の真っ最中でした。
みんな夢中になって噂話しに興じていますが、その手が休み無く動いているのはさすがです。

   「それにしても独り身はいいねえ」
   「そうそう それに尽きるヨ。亭主子どもがいなくて気楽だし」
   「あれまあ お熊さん そんなに裾をまくり上げてちゃ大事なトコが見えちゃうよぉ」
   「フヒッ これで仙人のひとりでも落としてやろうかと思ってネ ガハハ」



      下女の洗濯



      江戸はきょうも良いお天気でございます。







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汽笛一声 


ここは新橋ステイションの乗り場に陸蒸気(オカジョウキ)に乗るため多くの人たちが並んでいる。

そんな人たちに『オイ、コラ』などと威張った風な口をきいているのが元士族の駅員。
金モール付きの制服が、いかにもいかめしい。
そして威張られた側の人はといえば行儀よく並んでいるし、あくまで神妙なのだからおかしい。


  「ア、姐さん ..... いよいよですぜ。
   もうじき乗れるんですぜ .......... ヒエーーーーッ」

  「参八、ちょいと静かにおし。おまえ うるさいんだよう。
   ああ さいですかとかなんとか、
   ちょっとは ものの分かった風にできないのかい」

  「おそれいりましてでごぜえやす
   姐さん、これでお見限りなんて 無しでございますヨ
   ペチャクチャ ペチャクチャ 〜〜〜〜〜〜 」

参八の口に蓋(フタ)は出来ないものか ......
ステイションの騒音と参八の絶え間ない喋りに、アタシが頭痛を覚え始めたころ
ようやく陸蒸気に乗り込む順番がやってきました。
いつのまにか、駅員に揉み手しながらおべっかを使い始めていた参八ですが、
その首根っこを引っ掴んで車中に引きずりこんだ途端に陸蒸気が動きだしました。


   「ところで姐さん、
    座ったまんま横浜まで連れてってもらえるんだから
    陸蒸気ってのは しごく便利だと思うんですけどネ
    あたしゃ 足の裏が汚れるのが気にくわねぇ ........... 」

   「 ! ......... ? ? ? ! !
    あんた まさか乗り場で草履を脱いじまったのかい!? 」

   「 ヘェ
    けど、姐さん お言葉ですが
    他の方々も脱いでいらっしゃいましたでげす 」


列車に乗るのに履物を脱ぐだなんて昭和や平成の方々には想像もつかないでしょうが
なにしろ文明開化の頃のことですからねえ。
発車直後には人気(ヒトケ)の無くなった乗り場のそこここに下駄や草履が見受けられたとか。
そんなわけで金モールの駅員サンの中には下駄番の御方もいらしたようでございます。


      何を隠そうアタシだって最初の時は脱いじゃいましたのサ





                         江戸踊り




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