おせんの江戸日誌

江戸と平成の世を行きつ戻りつの書き散らし

下帯に工夫 


お、これは!
おせんが縫いあげた下帯(ふんどし)を身に付け、いざ紐を結ぼうとして波池浪人が驚いた。
何に驚いたかといえば、両端の紐の長さが違っていて結び目が右脇にきたこと。
おかげで腹のあたりがスッキリして具合がよろしい。
刀を差すのが左、それを避けて右に結び目がくるようにしたのがおせんの工夫。

   「うむ。なかなか気のきいたおなごじゃ」

それに酒を呑んだところが色っぽい ......
と、思わずにやけそうになる顔をぐっと引き締めた波池浪人なのであった。

                酒セット  江戸踊り

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小町かぶれ 


このあたりで小町と噂のおりんは十五才。小町と言われるだけにさすがに別嬪で言い寄る男が後を絶たない。
だが、誰が口説こうが聞き入れぬのは親の教えか当人の気位の高さゆえか?はたまた男に関心が無いのか ......
そのあたりは見当がつかないが、ま、そんなわけで多くの男が洟(はな)もひっかけてもらえなかったわけだが
鳶職の仁八もそのうちの一人だった。

仁八が『うるさがられるほど口説いたのに』としょげ返っているのを見かねた兄貴分の弥三郎、かわいい弟分の
仇討ちだとばかり、この話に乗り出し惚れてもないおりんを口説きにかかったら、オヤ? まあ アレマ!

   「弥三郎さん、それほど私を思うてくださるのなら、百夜通いなされたらお心に従いましょう」

と、まるで小野小町ばりの返事。
が! 今まで鼻の下の伸びきった男たちに首を横に振るだけだったおりんが口をきいたのは弥三郎ただひとり。
やっぱり弥三郎があまりに男前すぎたせいだろうか?
そして弥三郎は弥三郎で、おりんの別嬪ぶりにいかれてしまい、それでも可愛い仁八の仇だと心を鬼にし、

   「それは ありがた山。だが俺は百夜という夜がいつだか知らねえ。
    家で待ってるから百夜が来たら知らせておくんなさい」

と、すっとぼけた返事をして一目散に逃げにかかったが敵もさるもの

   「明日の晩が百夜でございます ..... 」

と、背後からおりんの鈴を振るような声。そしてそれは走る弥三郎の耳にしっかり届いている。
                      火消し 鳶職
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ぬくぬく 


かいまき

 寒いなんて今ごろから言うと笑われちゃいますネ

 けど寒いのは苦手なアタシですから冬場はつらい。

 つらい冬を紙衾(かみふすま)じゃ なおつらい。

 あれって和紙に藁や綿を詰めた布団ですからねえ。

 ほんとはそれもまだマシな方で、貧乏者だと着物

 をひっかぶって寝たりしているわけなんです。

 掛け布団のようなものは江戸も末の頃にならないと

 まず、お目にかかれませんし。

 で、口紅が売れに売れて懐があったかいアタシは

 豪勢にもかいまきを作りましたのサ。




着物に綿を入れたかいまき、これでこの冬はぬくぬく間違いなし!
けど御存知のように、アタシは押入れの無い長屋住まいですから出しっ放しになるのも間違いなし。
たたんで隅に置いても相当な圧迫感があるし夏場は見ため暑苦しいわけで、悩ましい限りでございます。

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飴と小僧 


のれん


       日本橋本町に末広という呉服屋がある。

       そこの旦那は気働きのする吉松という小僧を可愛がっている。

       ある日、出かける旦那を送り出した吉松は店の中にひっこみ、

       旦那のほうは自分の店の前で知人とばったり出くわした。

       旅姿の知人を見た旦那が

        「どこか行っていたのかね」

        「ハイ、川崎大師まで厄除けに参った帰りで。ホレこれが土産さ」

       知人がくれた土産は飴でこしらえた松茸で、なるほどそっくり。

       旦那の「これは凄い」という声を聞きつけた吉松が中から覗き見て

       大慌てで持ってきたのがさっき干したばかりの下帯(褌:ふんどし)

       差し出された下帯にあっけにとられた旦那と知人

       ようやく合点がいって「真っ昼間、おおっぴらに出すはずもない」

       賢いようでも やっぱり子どもじゃ と、ふたり共々大笑い。




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女下駄 


さっき帰った桐野屋の手代が、下駄の穴に通した前緒を結んでいる手もとを眺めてつくづく感心した風で

   「さすがだ。政さんの下駄が評判がいいのも無理はない。うちの旦那も政さんに女物の ... 」
   
と言いかけたところを、きっぱりと「駄目だ。俺は女下駄は作らねえんだ」と相手にもしなかった政三なのだが、
実は一度だけ女物の下駄を作ったことがある。

下駄甚の親方のもとに見習いで入って何年めだったか ......
月々のわずかな給金を貯めた銭で柾目の桐を手に入れ、仕事に障りが無いようコツコツ作ったのがそうだ。

日をかけて作った下駄をおたよは喜んでくれたが、俺は、俺は .....その後 おもんと所帯を持つことに ......
その事を言った時、おたよは「へえ、そうなの」とニッコリ笑ってみせたが、真実のところイイ気はしなかった
に違いない。

あれから三年。
おたよはあの下駄をとっくに捨てちまっただろうな。

この頃では所帯を持ってすぐに死んでしまったおもんのことよりも、霧色夜橋の上で自分の作った下駄をぎゅっ
と胸に抱いた、おたよの照り輝くような笑顔が思い出されてならない政三なのである。

               028634.jpg
                     壱)霧色夜橋 弐)女下駄(当話) 参)いもうと
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稲妻の半次 


半次は菊の節句前から風邪で寝込んでいたのだが、今朝になってようやく床から這い出ることができた。
だが四日ぶりに起き上がったせいもあって着るものまでは頭が回らず、まだ夏物を着ている。

チッ これじゃ目立っていけねえや。心中ひそかに毒づく半次の稼業は掏摸(すり)である。
それも稲妻と異名をとるほどの腕前なのだが今は病みあがりの身、それにろくすっぽ飯(めし)も食べていない
せいで足もとがふらついている。

やっぱり きょうは足慣らしだけにしとこう。
と、稼ぐのをあきらめた半次の目に飛び込んできたのが、黒塗りの板塀に見越しの松といういかにも妾宅らしい
家から出てきたでっぷり肥った中年男。
着ているものは焦茶の地色に褐色の片滝縞の袷と黒の長羽織、洒落てるつもりか太い猪首に襟巻きを巻いている。

   「こいつあ よく肥えて鈍そうなカモだぜ。これならいけそうだ」

続いて出てきた艶っぽい年増とひとしきりじゃれあった男がやっと歩き出したのを見極め、来た道を戻った半次
は次の路地に入り、でっぷり男の正面に出ると擦れ違いざまに懐中物を抜き取った。

   「しめしめ しめこの兎。こんこん今夜は天下晴れての貝焼きで一杯ってなもんサ」

と、意気揚々の半次。人気の無い寺の境内にもぐりこみ、頂戴したばかりのを覗いてみれば

   「なんだこりゃ。。。。一分銀がちょろっと。
    あとは両国四ツ目屋の女悦丸(にょえつがん:媚薬)ばっかりじゃねえか。
    それもこんなにどっさり。。。。俺としたことが ...... 」

女にやたらモテる半次、この際稼業からすっぱり足を洗いスケコマシに鞍替えしたほうがいいのかもしれない。

             四ツ目屋  踊る男
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見たな 


波池様が日頃のお礼にと誘って下さった道灌山での虫聴きですが、着くなりあおった酒が利き過ぎたのか
アタシは不覚にもしばらく眠ってしまいました。

薮の向こうで虫聴きにそぐわぬ歓声があがるのも道理、虫聴きも季節外れがけですし野暮なのもおります。
で、そのドッと湧いた歓声で目が覚めた!と、まさにその時、アタシ達に近づいてきた人影が側に来るなり
「おやまぁ こんなところにいらっしゃいましたか」と、どこかで聞いた覚えのある女の声・・・
と言うより、すぐに分りましたネ。里芋と煮抜きの煮物を道連れの、人の恋路を邪魔した憎いヤツ!

『 あの女、どこまで邪魔をすれば気がすむんだい 』

と、はしたなくもあたしゃ憤怒の形相もの凄く思わず知らず歯ぎしりをし始めた、というわけです。
話し込んでいる波池様と女に背を向けたアタシが、ギリギリ . . . ギリギリギリ 〜〜〜とやっており
ますと、草薮の向こうに居た酔っぱらいが

「おんや!? 珍しい虫の声だ。ギリギリ鳴いてやがる。捕まえてやろ』

アタシの居る方へ向かって草薮をかきわけつつ進んで来ます。そして薮をかきわけ這い出た男が目にしたのは
虫などではなく、煌煌(コウコウ)と冴えわたる月光の中に浮かびあがった、夜叉と化したアタシの顔なので
ございました。

そしてその酔っぱらい男は、奇遇 ・・・アタシと同じももひき長屋の伝蔵。
虫の音を聞きながら酒をたらふく飲み過ぎたのか? けれどそれが不運となってしまいました。
風流を楽しむつもりが、またしても鬼女(?)を目撃してしまうことになったのでございましょう。
哀れ 顎(アゴ)は外れ、膝はカクカク 尻はヘコヘコ・・・もう立つに立たれずのありさま。
             伝蔵 小
すっかり腰が抜けちまった伝蔵は居合わせた人が近くの浄光寺で借りてきた戸板に乗せてもらい、長屋まで送り届けられたということでございます。

哀れ、伝蔵・・・
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鬼女 


お熊さんがにじり寄ってきて

「おせんさん、出たらしいね。あんた知ってたかい?」

グイッと顔を近づけ声をひそめた。
お熊さんはこの長屋が出来た頃から住んでいる人で長屋のことなら何でも知っている、という噂だ。
悪い人ではないけれど、誰彼となくとっつかまえ、相手の思惑や都合などおかまいなしにしゃべり
まくるから煙たがられている面もある。

「え?お熊さん、いったい何が出たんですヨ?」
「それがサ、鬼。鬼が出たんだよぉ」

ゆんべ遅くに伝蔵が酔っぱらって帰ってきたら、あんた、波池先生の家の前に白いものがボンヤリだヨ
ボ〜ンヤリと見えたんだってサ。
それで伝蔵は気になって自分ちに入りしなにチラと見たら、その白いのが急にこちらを向いて・・・
それがザンバラ髪の鬼女だったんだって云うんだから。怖いねぇ、くわばらくわばら・・・
            鬼女おせん
お熊婆さんの話しはそんなようなことだった。
ゆんべは旦那と楽しく御酒をいただいていたのに妙な女客が現れてあたしの思惑は大外れに外れちまった。
あたしゃ大むくれで家に帰り、茶碗二つ壁に投げつけてこっぱみじんに割ってやったんだ。
けど気は晴れないし、中々寝つけないものだから寝間着姿に解いた髪そのままの格好で旦那の家の中の
様子をうかがっていたのを伝蔵が見たんだろうヨ。

え!? それって鬼女より怖いってかい!? ふん。

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菊の節句 


町家の女房お紺、きょうは十になる娘のお花と連れ立って手習い師匠の家に向かっている途中。

   「かかさん、今度お師匠さんがアタシたち皆を菊見に連れて行って下さるんだって」
   「楽しみだねえ。けど、寒かったら綿入れを着なきゃならないかもしれないネ」

きょう九月九日(新暦だと平成二十四年は十月二十三日)は重陽の節句です。
江戸では九月に入ると秋の衣替えをするので、行き交う中に夏物を着ている人は見あたりません。
そして、この節句を過ぎれば綿入れを着ていても季節外れとはならないのです。

この日は日頃お世話になっている師匠に贈答品を持って挨拶にあがるのが習わしで、お紺は角樽に
酒を詰めたものを贈るつもりなのです。
高級品の海苔にしようかと迷ったものの、日持ちの点で不安の無い酒にして『やっぱり良かった』
と思いながら、お紺は持っていた風呂敷包みの角樽を痺れかけた右手から左手に持ち替えました。
地廻りじゃない灘からの下り酒だからきっとお師匠さまもお気に召してくださるに違いない。

そうだ!帰りはやっぱりあそこの神社の秋の大祭を見物してから団子でも食べようか。
でも、この子は団子が好きだから食べ過ぎないよう 初めに言っとかなくちゃネ・・・

空いた右手に絡めてきたお花の小さな手を握り返したお紺の頬に笑みが浮かびました。
              つのたる
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酔っちゃお 


菊の花が好きなもので重陽の節句(九月九日:平成二十四年だと十月二十三日)近くになると決まって気持ち浮き浮き ......
重陽の節句は菊の節句とも言われていますから、それでもうすぐ菊の見ごろだなと思うと、ネ。

まぁ、それで浮かれてというわけじゃないのですが、なんとなく町に出て古着屋などを冷やかして歩いたのですが
帰りに野菜の見世を覗いたら見事な里芋と産みたてだっていう卵があって、つい買っちまいました。

で、その買ったものをどうするかって話しなのですが、あたしゃ煮抜(ゆでたまご)と里芋を一つ鍋で煮てしまおう
かと考えているんですよ。
ちょいとミリンを入れて醤油で味付けもいいし、あくまで昭和平成の上方風おでんのような味も捨てがたいし。
イエ、こんなして調理するのに散々迷うのも、出来たのを肴に波池様と御酒をいただこうかと思えばこその思案。

菊の節句にちなんで盃に菊の花びらなど浮かせたものを出したら ... フフ 惚れられたりしちゃて。。。イヒ、イヒヒン!
                 小菊
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野菜屋のたまご 


村から運んできた野菜を並べ終えた治平はそそくさと表に出て、見世(店)に並んでいる野菜を眺めた。
大人三人が横に並べば中が見えなくなるような小さな見世だが、ここには治平親子の夢が詰まっている。
ここを根城に、次男の作造が将来八百屋として食べてゆけるようにするという夢、なのだ。

角筈村で百姓を続けるとしても家の跡継ぎは長男で、次男坊に譲れる畑はわずかなものになる。
足りない分は畑地を借りるにしても、どうせ痩せた土地だろうし大した作物は穫れないだろう。
本人が百姓を続ける気でもジジイになってお迎えが来るまで苦労するに決まっている。
ひょっとすると嫁だって もらえないかもしれない ......

が、もしも江戸で住居付きの八百屋になれたら!と思う。
作造にも嫁をもらえるし、子が何人も何人もできて .... ああ夢のようじゃわい!
と、この頃の二人は まだ叶ってもいない夢話が際限もなく広がるのを抑えきれないでいる。
そして、当の作造はさっき大張り切りで行商に出て行った。

   「おや、野菜屋なのに卵がある。おじさん これ煮抜(にぬき:ゆで卵)かえ?」
   「うんにゃ。生だ。ひとつ十文だけんど産みたてだから生でもいけるがねえ」
   「煮抜なら二十文だから、あらま!半値じゃないか ...... 三つおくれ。ア、里芋もネ」

何の変哲も無い見世だが、竹ザルに盛った里芋の横に浅めの木箱が置いてあるのが野菜屋親子の夢の種。 
底に藁(わら)を敷いた木箱の中に立てて並べた卵。それが他の野菜屋とは違うという特色になる。

あそこのは野菜も立派だけど卵だって美味しくって安いんだから、などと評判になったらしめたもの。
頭の中をちらつく八百屋の大看板が、客の相手をしている治平の表情を一層にこやかにしている。
                 だいこん
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たかのぞみ 


重陽(ちょうよう)の節句も間近なある日のこと。

稲荷社の前で足を止めた娘が母親に「おっかさん、ここで待っていて」と、駒下駄を鳴らして石畳を
脇目もふらず、祠(ほこら)めざしてまっしぐら。

賽銭箱に小銭を投げ入れた娘が『どうか分限者(ぶげんしゃ:金持ち)の息子にあたりますように。
ウフン できれば男前がいいわ、でも浮気な人はイヤよ ..... 』などと欲心満々の頼み事を長々として
いると祠の戸帳がさっと開き、おそれ多くも稲荷の御神体が現れズイと娘の方へ足を踏み出します。

ああ、願いを聞き入れて下さるのだわ! どんなお告げかしら ...... と胸をときめかせている娘の顔を
じろりと見た御神体、前にあった賽銭箱を無言のまま引っ抱えると祠の中へお戻りになりました。

どうだったかえ? と尋ねた母親と落胆の娘、帰りに入った茶店で団子を三皿ほどお代わりする頃には
次はもっときちんとした縁結びの神様にお願いしようヨ、と早くも立ち直っております。
                だんご
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神主の知恵 


神域に藁人形ほどそぐわぬものはない。

かねがね苦々しく思っていた神主は、媛垣神社の森の奥深くにあった小岩に目をつけました。
なかば地中に埋もれていたのを掘り起こし、日をかけて霊岩の横まで転がしてきたのですが
立派な注連縄(しめなわ)を回し掛けた霊岩横に、転がしてきた小さめの岩を並べて それにも
注連縄を掛けると、思った通り昔から二つ並んでいたかのような自然さです。

   「うむ。これは誰が見ても夫婦岩(めおといわ)じゃ」

この岩を参拝すれば縁結びや家庭円満に霊験あらたか、とでも参拝客には吹き込んでおこう。
それで流行れば杉の木も難を逃れるわけじゃ。小岩の嘘など神様も笑って許して下さるじゃろう。

            神社 古写真
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たばこ呑み 


うっかり煙草を持ってくるのを忘れ

   「煙草を忘れたほど不自由なことはない。
    どれ、貴様の煙草、和(やわ)らかくば 二、三服くだされ」
   「イエ、わたしのはきつうござります」
   「オオ それなら 五、六服ほどくだされ」
   

                         踊る男
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盗人の町 


とあるところの町木戸がいつも日暮れになると閉まってしまう。
ふつう町木戸が閉まるのは戌の刻(いぬのこく:およそ二十時台)なので日暮れではいかにも早い。

さてきょうも早々と閉めた辻番、キューッと一杯やろうとしたところへ外から声がかかった。

   「もうし、通りがかりの者じゃ。開けて通してくだされ」
   「いや開けられん。盗人の用心のため早めに閉めろとのお達しゆえじゃ。
    どうでも開けることはならない。横町の方へ廻ってくだされ」
   「いやはや おかしなことを言うものじゃ。このような貧乏町に盗人が入るものか!」
   「ハッハッハ 違う、違いますぞ。この町の衆が盗みに出てゆく、その用心でござる」

その問答を暗がりでたまたま聞いていたらしい二人連れのうち、血気盛んな若いのが

   「許せねえ あれじゃオイラの町が泥棒の巣だと言ってるようなもんだ。ぶっ叩いてやる」
   「待て、早まるな。俺たちにとっちゃ しめたものじゃねえか。な、そうだろ。違うか?
    万が一 足がついたとしても町木戸が閉まってました、家で寝てました。
    そう言い訳がたつってものサ」

                お稲荷さん
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ぬか屋の文次 


ちょっとだけだぜ、と言いながら店が閉まるまで居続けるのが助蔵の癖で、いつも長酒になってしまう。
相手の文次にしても、そっちのほうは嫌いではないので結局のところ一緒に長酒してしまうのである。
きょうも助蔵に誘われて長居を覚悟で入った飲み屋で里芋を肴に冷やでやりはじめたばかり。

ふたりは染め物職人で型付師の助蔵が生地に型染めで模様をつけて防染の糊置きを終えると、文次が糠を
振りかけるという糠屋(ぬかや)、いわば相棒である。
糠を振るのは糊を早く乾かすためと糊が割れるのを防ぐためで、二人の呼吸はぴったり合っている。

  「助蔵さんの型送りは神業だ。柄合わせに寸分の狂いもねえ」
  「へヘッ 神業は大げさだろ 文次。気を張りつめてやりゃあ、誰でもできるぜ。
   それより おめえの糠振りだけが頼りの俺だ。今までの奴ときたら散々だったものなあ ...... 」

確かに糠もただ振ればいいというもんじゃない、糊置きしたところに適度な量をまんべんなく振らなきゃ
ならないからな、と助蔵の言葉に満更でもない文次に

  「ところで文次、おめえも所帯を持ってひと月になるが上手くいってるようじゃないか。
   初めのうちはお兼なんて厭だと逃げ回っていたのによ」
  「所帯持つ前にアイツが灸をすえてくれた事があったんですけどネ、それが玄人はだしで」
  「ア、腰を痛めた時かい? そうか。お兼ちゃんにそんな技があったのか ...... 」

親同士が決めた許嫁(いいなづけ)なんてまっぴらと逃げ回っていた文次に対し、ずっと一途だった
お兼、どこで習ったのか巧妙な灸技(?)で初恋の男を射止めるとは、たいしたものではないか。

まだ店に入って半刻もたってないのに、『そろそろ帰らなくちゃな』と、所帯持ちになったばかりの
文次の尻は半分浮いている。
            江戸小紋
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六人めの男 


待ちかねていた晒(さらし)一反がようやくアタシの手もとに届きました。
長屋住まいの五人が寄って金を出し合って晒一反買う話が頓挫したままだったのは、最後の一人が
なかなか決まらなかったからで、やっと六人めの名乗りをあげたのは参八でした。

   「あれ、参八。お前のナニは全部が特別なあつらえって言ってなかったっけ?」
   「ハイ、その通りで。絹地でなきゃアタシのふんどしはつとまりません。ヒヒッ。
    それに紐の部分も羽二重でこしらえてあって締めやすいんでげす。もちろん全体が
    絹ですからサラッとすべすべがいつまでも。汗をかいてもべたつかないわ軽いわで
    晒のふんどしなんてちゃんちゃらおかしくって ヘッヘッへ」
   「おや不思議なことを言うものだ。じゃなぜ 晒でナニを作る気になったんだい」
   「ハイ、実は年が明けるとアタシも二十五、厄年ですから晒のは厄落とし用なんです」

厄を払うために身に着けているものをわざと落として厄を逃れるのが江戸流の厄落とし。
来年厄年になるのが、男だとふんどし女だと腰巻を年越しの夜にこっそり道に落とし厄落としする
そのためのふんどしだったんですねえ 参八のは。

   「それにしてもお前のような見習い幇間(ほうかん:太鼓持ち)が絹のナニって ....」
   「アッ 姐さん疑ってますね。なんなら見せましょか ホレ ホレ ホレ 〜〜〜 」
   「ウギャーそんなの見たかないよッ。てっ てめえなんか おととい来やがれッ 」
   「アーレ〜  ア、アネサン それって裁縫包丁! アッ振り回さないでーッ 」

           江戸の町 江戸踊り
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闇夜の出来事 


媛垣(ひめがき)神社の御神体はその昔スサノオノミコトが蹴飛ばし飛んできたという大きな岩である。
ところがそこの神主が近ごろ流行りの丑の刻参りに頭を悩ませているとか。
そして、『これはちょっとおかしな話だ』とも思っているらしい。

なぜなら
そもそも丑の刻参りというのは真夜中の丑の刻に毎夜ひそかに神社を訪れ、持参した藁人形を御神木に
あてがって五寸釘を打ち込むのが作法(?)であるからして、御神木など無い媛垣神社に丑の刻参りの
者が訪れることなどありえないのである。
御神体のすぐ隣の大木がいかにもそれらしく人々の目に映ったのか ...... 何本もの太々しい釘が打ち込ま
れる日々が続いているのである。

さて夜中に小便に立った当の神主、気配を感じ『またか!』と例の大木の方を見たが人影など無い。
が、しかし気配はある .... おかしい さては遂に呪詛神が出たか! と視線を落とした神主の目に這いずり
まわる獣の姿が映った。

どのくらいたっただろうか
腰が抜けその場にへたり込んでしまった神主のところへ、四つん這いになったのがゴソゴソ寄ってき

   「もうし、釘を落としちまいました。一緒に捜しておくんなさい」

         神社 踊る男
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たまご 


風呂敷に包んだ卵を後生大事に抱え、長屋に帰り着いたところで暮れ六つの鐘の音が聞こえてきました。
長屋の木戸を入ったところで偶然にも鉢合わせしたのが浪人の波池様とはおあつらえ向きじゃないか!

   「あらま、先生。これからお出かけでございますか?」
   「うむ。食事に、な。」

波池様が越してこられた時、お宅をチラと覗いたことがありますが、世帯道具はさっぱりとなく台所
には鍋がひとつに水がめと手桶だけ。
部屋には箱膳と行李ひとつがあるだけであとは薄い布団くらいだったのを覚えています。
武士たるもの、衣類道具など持たぬものでござる。いざ戦(いくさ)という時に役にたつものでなし。
確かあの時そうおっしゃっていましたが御立派な心がけでございます。
ホントかしら貧乏なだけじゃないの?などと疑うようなアタシじゃございません。

   「センセ、珍しいものを頂いてきましたので今夜はそれになさいまし」
   「ほう、それはありがたい。すまぬのう」

波池様のお宅に運んだのは冷や飯に、葱をたっぷり入れただけの熱々の味噌汁を鍋ごと。
あと他には秋なすの塩揉みに干物を焼いたものに卵焼きですね。
これは以前に王子の扇屋で食べた卵焼きがあまりにおいしかったので真似してみたのです。
もちろん少しばかりの御酒を添えたのは当然のことでございます。
                    たまご
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棚からぼた餅 


赤山先生のお宅にお伺いしたところ先生は夏蒔きの小松菜を収穫なさってる真っ最中。
奥様は出かけられたとのことで、ひとりぽつねんと縁側で白湯を頂いているところへお客様がお見えに
なり、どうやら先生と気安い仲らしいその御方が

   「これはこれは赤山殿、お励みですな」
   「ハイハイ。作物は手をかければ応えてくれますからな。ほら見事にできましたぞ」
   「とはいえ このように多く作りなされいでも ...... 」
   「イヤイヤ、このように多く見ゆれど茹でると減りますからのぅ ホーッホッホォ」

いやはやごもっとも、ではワタクシは茹でても減らないものを置いていきましょう
と、お客様が置いていかれた生卵のうちの幾つかをアタシも頂戴できたのは幸運でございました。
暑い夏が過ぎて涼しくなった今、ニワトリもだいぶ卵を生むようになってきましたが、それでも生むの
は四、五日おき、町中(まちなか)ですと中々手に入らないわけで高価なのも無理はありません。

さて、生の卵を貰ったからには急いで帰らなきゃいけない!と早々においとましたのですが、きょうは
とんだ 棚からぼた餅 ......
江戸じゃ精がつくって言われる卵 ....
ムフッ! 波池様にどんな口実作って差し入れしよッかな ・・・

                          小松菜
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露色夜橋 


やっぱりね、おたよは小さく呟いた。

それは舟も通わぬような小さな川で架けられた橋も当然小さい。渡った人が橋と気づかぬくらい、
などと言うのは大げさかもしれないが、それくらい小さく古びた橋でそれでもちゃんと名があり
その名を露色夜橋という。

おたよが勤めの行き帰りにその小さな橋の中ほどで足を止めるのはいつものことで、そのあと欄干に
身をもたせかけ、しばらく川の流れを見るのもいつものことなのである。
きょうも川の流れをぼんやり追っていると木ぎれが流れてきたのに気づき、ただの板きれだと思った
それが裏返しになった下駄だと分った時、おたよはその下駄から目が離せなくなっていた。
男物の四角く大きなその下駄は、橋の少し先に何本かある杭にうまい具合に引っかかり、流れてくる
水の勢いに耐えているように見えたのにするりと杭の間を抜けて流れていってしまった。

  やっぱりね。
  みんな ああして 行っちまうんだ ......
  政ちゃん ......

おたよは行李の中に一度も履かずにしまってある女下駄を思い浮かべ、力無くゆっくりと首を振った。


                        犬  女下駄
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秋の夜の夢 


角筈村に住む治平の家では畑で芋や大根、麦や菜種などを長年作ってきている。
きょうもいつものごとく野菜を担いで江戸市中に出て売り歩いた父親の治平が、帰ってくるなり
次男坊を呼びつけ

   「おい、真面目な話だゾ。よおく聞けよ作造。
    オレはきょう つくづく思い知らされたヨ。寄る年波には勝てないってことにだ。
    近ごろは畑でとれた野菜を川で洗うだけで腰が痛むし、野菜かついで江戸に着く頃にゃ
    ヘトヘトでサ、きょうなんて着くなり道端で半刻ほど のびちまってたくらいだ」

この村からお江戸日本橋までおよそ二里、以前のとっつあんなら二往復したこともあったのに
モウ大丈夫なのかね? と、聞いた次男の作造にマアマアと治平が抑え

    「話は終(しま)いまで聞くもんだ 作造よ。オレがくたばっているとこへ、立派なナリの
    旦那様が通りがかってオレを見かけてだよ、
    『丁度いい空きがあるから見世(店)出したらどうだい』っておっしゃったんだ」

このあたりの土地や家はたいがいあたしのものだから安心おし、そう言ってくだすったんだ!
思いだして涙を浮かべた治平に『で、そこへ引っ越すのかね?』と、話の先を急ぐ作造

   「バカ。見世(みせ)ってのはそんな立派なものじゃない。寝るとこなんかあるもんか。
    野菜を並べたらそれでいっぱいいっぱいの三方よしず張りのものだぞ」

三方がよしず張りでも町中(まちなか)に売る場所を確保できるのはありがたい。
畑は家を継いだ兄貴にまかせ、親父は見世で野菜を売って次男のオレは市中を売り歩く。

商売がうまくいけば、いずれ人が住めるような家で八百屋というのも夢じゃないぞ ......
その夜の作造はなかなか寝つけず草むらにすだく虫の音をいつまでも聞いていた。

                          田園

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紅売り 


これまでのアタシは白粉や櫛などを専門に行商するる紅売りを稼業にしておりました。
掏摸の足を洗い堅気になってからはこれ一本でやってき、それなりの苦労もしております。
ま、足を棒にしてもちっとも売れないこともあるわけで、それが一番辛いことでした。
ですけど今はそんなことも無くなり、お客のほうからお呼びがかかってくるまで家で待って
いれば良いのですから楽チンです。
なぜ紅売り風情(ふぜい)にお呼びがかかるのかと言うその訳は、例の小さめのハマグリの
殻に自分で詰めた口紅の評判が良かったからとでも申しましょうか ......
ま、それも当然といえば当然なこと。モノは平成の口紅なので伸びはいいわ保湿力はあるわ、
茶碗など口にあたるものに付きにくいわ、発色はいいわということでお客は大喜び!

内緒ですけど、そのお客っていうのが芸者の菊乃さんとそのお仲間、あと菊乃さんが昔奉公
していた旗本のお屋敷に、菊乃さんの実家といった具合で全部が全部菊乃さんがらみの口の
固くて払いの良いところばかりなので大安心なのでございます。

玉屋の小町紅よりも幾らか安くしたのですが、それでも当分の間は働かなくてもいいくらい
の実入りがございましたので、アタシも年越しの心配がなくなって上々。
もうあちこち売り歩かなくてもよくなったので暇もたっぷり。きのうは鐘ケ淵の先生のお宅
まで足を伸ばし、いつも野菜など頂いている御礼に先生の奥様にその紅を差し上げたところ

   「あれまあ、これをあたしに? うれしいよう ...... 」

と、とても喜んでいただけたので、上げたアタシのほうも嬉しくなりましたねえ。
                            赤山先生宅
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ぬすっと 


店を出た双助は案外な夜気の冷たさにいっぺんで酔いが引くのを感じたが、飲み過ぎた酒はちゃんと足に残って
おり、その足もとはあくまでフラフラとおぼつかない。
もうすぐ町木戸が閉まる(現代だと夜十時)頃だから、一刻もすれば一杯十六文の夜蕎麦売り(1736〜)
出てくるはずだ。それを食べて帰るのも悪くないな ......
双助がそう思ったちょうどその時、だいぶ前を歩いていた男の影が引っぱられるように脇道に消えたのが見えた。
俺と同じだぜアイツ酔っぱらってやがると思っていたのに、千鳥足のその男の消えっぷりがあまりに見事だった
ため今度はホントに酔いが引いた双助は好奇心に駆られ、男が消えたと思われる道に踏み込んだ。

しかしそこには寝静まった家がわずかばかり並ぶばかりで、男がどの家に消えたのか見当がつかない。
ちぇっ馬鹿馬鹿しい帰ろ帰ろ ... そう思って踵を返しかけた時に自分の居る路地に何者かが近づく気配に気づき、
なぜだか胸が騒いだ双助は咄嗟にそこにあった大八車の陰にしゃがみこんだ。

暗がりに息をひそめうずくまった双助の前を、一人また一人と足音もさせずに男たちが通り過ぎてゆく。
男たちが吸い込まれるように入って行った家を確かめ、『あの家は確か空き家だったはず ...... 』
不審な男たちに対する恐怖心よりも再度頭をもたげてきた好奇心に負けてしまった双助が、当の空き家に近づき
板戸に耳を押し当てると、うまくいったゼとか言いつつさかんに何かを分配している様子。

   『や、やっぱ泥棒だ アワワ。。。

怯えた双助が後じさりをし、くるりと向きを変え長屋まで一目散で逃げ帰れたのは飛脚だったからこその幸運。

しかし、そのあと空き家の中で、

   「あ!? ここに置いてた財布がねえ!」
   「よおく捜してみねえ。早まるんじゃねえぞ」

それで、しばらく家の中ではガサゴソ総出で捜している気配がして、

   「やっぱりねえ こん中にぬすっとがいるゾ! 」

と、大騒ぎになったところを見ると、こいつらは大した泥棒じゃなかったのかもしれない。
                           風呂敷包み
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貧乏寺開帳 


江戸外れの周囲は畑ばかりの所にある拾円寺(しゅうえんじ)が創建されたのは鎌倉時代だという話です。
元々由緒あるお寺だったのが、途中何人かの遊び好きな住職が好き放題したせいもあって信者も寄り
付かなくなり、最後の住職が逃げ出したあと一年ほど空き寺として放置されておりました。

それを見かねた宗派の本山から新しい住職として送り込まれたのが貫新坊なのですが、一年たっても
二年たっても信者の一人すら戻ってくる気配がありません。
とうとう寺の床はあちこちが腐って抜け落ち、屋根も傷んでしまって寝れば月が見えるというような
状態になってしまいました。
けれど、檀家衆の逃げた貧乏寺に修理するお金などあるはずもなく、貫新坊は奇策をもってこの窮地
を脱することにし、

 『当寺相伝わる貧乏神、夢のお告げによって、来たる七月十四日より開帳せしむるものなり。
  もし参詣なき方へは、その家に貧乏神より出向くであろうとの御託宣なり。
  早々参詣あるべく候(そうろう)。 以上
              未五月四日               拾円寺 』

と、立て札を作って方々に立てました。こんな札で果たして人が来るのか心配していた貫新坊だった
のですが、さて当日になると寺の前には露店が並び境内は押すな押すなの人の波 .......
そこで「ウヒ ぼろ儲けじゃ ウヒヒ」と大喜びの貫新坊は、勇んで貧乏神いわくの品々として自分が
寺で使っていた『欠けた茶碗・破れうちわ・紙ふすま(紙製布団)』を集まった人々に披露しました。
それを見て「なんだ、こんなの珍しくもねえ」と胡散臭く思った人々が帰りかけたところ、不思議や
不思議アラ不思議、そこへ忽然(こつぜん)と貧乏神が現れ出て

   「さように、我を人目にさらすとは嘆かわしい。
    銭かね取り込み繁盛せば、この寺にはもはや住みがたし。
    あぁ それにしても良い住まいであった。名残り惜しや 」

と、言うや その姿は夕暮れにかき消えてしまいました。
秘宝と偽ったガラクタを怪しく思った人々の前に現れた貧乏神様のおかげで、開帳は延期につぐ延期、
拾円寺が後世まで栄えたことは言うまでもありません。
                           踊る男
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口紅 


長屋の男たちが共同で晒(さらし)一反を買う話はあと一人が決まらずに難渋している様子。
買えたら波池様のを縫ってやろうと手ぐすね引いて待っているアタシですが、ぼんやり待っているのも芸がない。
きのうも書いたように暮れの節季払いもあることだし、ここはちょいと一稼ぎしておかなきゃならない。
というわけで、この春こっそり集めてきれいに洗っておいた蛤(はまぐり)の殻を出して眺めているところです。

いえ、貝殻集めが趣味ってわけじゃございません。
二枚貝の形のそのままの殻を容器にし、口紅を詰めて売ろうかと考えているのですヨ。
江戸の口紅は紅花を原料としてまして、小町紅が有名で江戸ですと日本橋本町二丁目の玉屋が扱っております。
この小町紅は良質なものなので値も高く、買えるのは御殿女中や豪商の婦女子、粋筋の姐さん方といった面々、
アタシはこの一画に食い込もうか!と、この春頃から策を練っているわけなのです。

もちろん紅染屋や小間物とか薬種を扱う問屋にツテがあるわけじゃなく、ツテがあるとしたら明治以降の世。
ハイ、そうなんです。後世に飛んで安くて上質な口紅を仕入れまして貝殻に詰め直して売ろうかナ、と。
口が堅くってしかもお金を持っている知りあい人が何人かいますので手堅く小さく稼ぎ、そこそこに暮らして
いければいいかな? と思っております。

ただ客層が女っていうところがアタシの不安のもと、うかうかと軽はずみなことを喋られて『怪しい奴』と
引っぱられる事にでもなったらつまりませんからネェ。

                       はまぐり
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