おせんの江戸日誌

江戸と平成の世を行きつ戻りつの書き散らし

早くこいこい 

                        
ここの長屋にある後架(便所)の汲取料をガッポリ懐に入れている大家さん。
それでかどうか知りませんが、一年に一度この時期になると長屋の衆に餅を配ってくださるんですヨ。
ま、これはよその長屋でもあるらしく珍しい話じゃないということですが。
でも、それでアタシら貧乏人も正月には雑煮にありつけるんですから、ありがたいことでございます。

で、その毎年恒例のお餅をきのう頂きましたが昨年より量が多かったのにびっくり!
雑煮だけじゃなく焼くのもいけそう ...... でも、食べきれるかしらねえ。(食べますけど ホホホ
                  餅 
小松菜

  雑煮には餅の他には小松菜を入れるくらいですネ

  白い餅に緑色した小松菜の取り合わせは綺麗ですし

  なんたって食べておいしい!

  小松川村から来るいつもの野菜売り、まだかしらねえ .....




このところ色気抜きの食い気だけなもんで、モウモウ『早くこいこいお正月』の気分満開なのでございます。

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波池浪人吉原に遊ぶ 


きのうの日も暮れかかる頃ですが、アッシ いやつまりこの参八がですね、長屋に姐さんを訪ねたんでげす。
ところがももひき長屋の連中は総出で大家さんちに正月の餅を貰いに行ったとかでシーン。で、茶飲み話に

  「きのうはここの長屋の波池様がお友達と大上総屋にお見えになりまして ...... 」

言いかけたのを最後まで聞かずに姐さんたら もの凄い勢いで外へ飛び出し、そこで誰かにぶち当たったらしく
野太い声で「どきなッ! エエイ 邪魔、邪魔なんだよう」と、その人を怒鳴りつけているじゃありませんか。

それでアッシが慌てて外に出ると、仁王立ちの姐さんの前に同じ長屋の伝蔵さんがすっ転がっておりやした。
いえ、アッシには姐さんの背しか見えませんでしたが、肩はぶるぶる震え いつのまにか髪はザンバラリ。。。
可哀想に伝蔵さんは白目をむいておりやしたから、姐さんの形相がどんなかアッシにも想像がつくというもんで。
       いごく伝蔵
で、ははぁん 姐さんたら波池様にホの字だったのか!ピ〜ンときたアッシが、仁王の背に向かっておそるおそる

  「つまらん、とおっしゃってましたでげす 旦那は。それでお友達だけお泊まりになりました。
   唐茄子(カボチャ)に手裏剣打ち込んだようなのと酒を飲んでもつまらぬ。と」
   
それを聞いて振り向いた姐さんは「そりゃほんとかえ?」と、花のかんばせ(顔)に菩薩の笑みでござんした。
それで、さっきとはうって変わっての春風のごとき身ごなしでお家に入られた次第。
伝蔵さんはアッシが家まで抱えて行き、寝かしてあげたんで。えらいめにあいましたでげす。ホント。
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こんなの どでごんす 

もうもう 何が嬉しいって年の暮れから正月三ヶ日にかけての飲み食いが楽しみなおせんでございます。
で、江戸の時代のあちらこちらに首を突っ込んでいるあたしが寛政の頃(1789〜1801)に行った時に
仕入れた遊びをひとつ、昭和時代以降の皆さまにプレゼントしたいと思います。

   酒席でも、子どもたちの間でも流行った遊びです。
  要る物

 用意するのは

 猪口(ちょこ・ちょく:サカズキ)をひとつに割り箸四本だけ。

 割り箸二本は真ん中で折っておく

 あと二本の割り箸はまっすぐなままで。

 これは『十二ヶ月月見立て』という遊びで

 これをちょっくらちょとこうやってと歌いつつ

 猪口のまわりに割り箸をいろんな置き方をする見立て遊びです



見立て十二ケ月

  正月 : これをちょっくらちょとこうやって 門松などとはどでごんす
  二月 : これをちょっくらちょとこうやって 絵馬の額とはどでごんす
  三月 : これをちょっくらちょとこうやって お雛様とはどでごんす
  四月 : これをちょっくらちょとこうやって お釈迦様の誕生はどでごんす
  五月 : これをちょっくらちょとこうやって お幟(のぼり)なんどはどでごんす
  六月 : これをちょっくらちょとこうやって おみこしなんどはどでごんす
  七月 : これをちょっくらちょとこうやって キリコ灯籠(どうろう)はどでごんす
  八月 : これをちょっくらちょとこうやって かすみにお月さまはどでごんす
  九月 : これをちょっくらちょとこうやって すすきにお月さまはどでごんす
  十月 : これをちょっくらちょとこうやって 恵比寿講なんどはどでごんす
  十一月: これをちょっくらちょとこうやって お宮参りとはどでごんす
  十二月: これをちょっくらちょとこうやって 餅つきなどとはどでごんす

あたし、これやってて ちょいと泣いちゃいました。さっき。
    はて なんでだろ

                            江戸踊り
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ドジョウ狙い 


同業の柳屋が繁盛していく様を指をくわえて見ていただけの平十郎ではない。
房楊枝作りで腕のいい職人を捜し、柳屋よりも幾らか安くもし、と 努力はしてきている。
柳屋とは見世も近くで地の利は一緒、モノはこちらの方が上等だ。
しかもかなり安くしている・・・なのに客が来ない!

なぜだ、と考えるまでもなく理由ははっきりしている。
お藤である。
柳屋で楊枝を売っているお藤を絵師の春信が描いたのがちょうど一年ほど前になる。
その錦絵が人目をひき、お藤は銀杏娘とか銀杏お藤などと呼ばれて噂は江戸中を駆け巡った。
絵の評判だけなら痛くも痒くもない平十郎なのだが、今では浅草寺奥山に来るのはお藤目当ての者ばかり。
その人々が他の見世で楊枝を買うはずもなく柳屋の楊枝はバカ売れでこっちはさっぱり。

そりゃぁ 同じ楊枝を買うなら美人のいる見世で買いたいのが人情というものサ、と平十郎も思う。
思うけれども、このままだったらこっちの顎が干上がっちまう .......

   「だ、だから姉さん。こうなったら恥も外聞もねえ。柳の下の泥鰌(どじょう)狙いだ。
    オレも柳屋を名乗る! だからお紋とお吉を貸してくんねえ。給金は出す。な、姉さん。」

姪を自分の見世の売り子にしようと考えた平十郎が姉に頼みこんでから一ヶ月。
狙いは当たって春信こそ来なかったが、見世は連日美人姉妹めあての野郎どもで黒山の人だかり。
おかげで浅草の観音の脇にあった元々の見世以外に、観音の後ろにもう一軒増やすことができた。

   「恥はかいてみるものだ」

柳屋平十郎のほくそ笑む顔がいっぱしの商人面に見えるのは気のせいだろうか。
                            イチョウ
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江戸一目図 

  
    この世で手に入らぬものを、あの世ならぬ マエかアトの世で手に入れることができる。
    これぞタイム・トラベラーにのみ許された特権 .....

    その特権であたしも『江戸一目図』というのをようやく手に入れることができました。

                  江戸一目図
    江戸一目図屏風 ミニ1
     鍬形恵斎紹真 文化六年頃の江戸の景色(地図にもなっている:地名およそ二百ヶ所入り)

   江戸一目図は津山十万石松平家の御用絵師だった鍬形恵斎紹真が書いた屏風絵ですが、あたしが
   手に入れたのは野代柳湖が彫って刷った普及版、をアトの世(平成)で印刷したものでござんす。
  
   さっそく、その絵地図で吉良邸のあたりから討ち入り後の浪士の足どりを追ってみたわけですが
   絵地図だと文章や写真と違い、その距離感とか雰囲気とかが生々しく感じられ、面白かったですねぇ。

                  踊る男
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なめ男 


   「ア、アデサン! い いや違った姐さんだ! 出っ出たんですよお」
   「何だい 騒々しい」

血相変えた参八の形相のあまりのもの凄さに、てっきり当たりくじでも出たのかと思えば

   「あの、日本橋の蓬栄堂で美男筆ってのを売り出したんですがネ
    それが飛ぶように売れてるって・・・ウググ ムグゥ。。。」

美男と聞き反射的に「なんだってッ」と参八の襟首引っ掴んだものですから奴め、失神しかかりました。
そこで慌ててホッペタ叩いて問いただし、ようやく詳しいことが分りました。

蓬栄堂は元々は筆専門だったのが二代目が小間物業に切り替え、筆業の方は細々続けている状態でした。
小間物業は主に女客が相手の商売なので店で働くのはいい男ばかり揃えた二代目だったのですが、それを
もうひとひねり、というわけで後を継いだばかりの三代目が筆で客寄せすることを思いついたのです。

それは『筆の毛先を揃える為に口に含んでなめる』という筆作り最後の作業を客の目の前で見せるという
簡単な事でしたがこれが大評判。筆は売れるわ小間物は今まで以上売れるわの大当たり。

   「なにしろ なめるのが、美男揃いの店の選りすぐりばっかり、苦みばしったのから青いのまで。
    店にゃ若いのから、年増はおろか婆ァまで押しかけてるって話しで。
    アレ 姐さんどこへ?」

ふふ 知れたことサ。あたしゃ苦みばしったのにしよ。。。。。
       筆 筆屋
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おやぢ 


両国で昔から人気の第一番といえば熊の見世物ですが小屋はムシロがけの粗末なもの。
ゆえに雨の日は熊も人も濡れるので興行は休みとなります。

そこの木戸番のオヤジが大病を患い明日をも知れぬ身となったのですが

   「熊じゃ 熊じゃ」

うわごとに言うのは熊のことばかり。
もう今際(いまわ)の際(きわ)だというのに、と不憫に思った女房が念仏をすすめても
近所の者どもがさまざまにすすめても、ただただ「熊じゃ 熊じゃ」と言うばかり。

そのうち一人の知恵者が「おかみさん、ワシが御念仏を申させてみましょう」と言い出て

   「これ、オヤジ。明日は雨になるらしい」

すればオヤジが

   「なむあみだぶつ」

     熊画
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毛が三本 


うなじの中央のくぼみを盆の窪(ぼんのくぼ)と言いますが、ソコの毛を抜けば鼻血が止まるのですって!

このあいだ浅草へお参りに行った時に猿回しを見物したんです。
そうしたら猿まわしの兄サンがいきなり鼻血をドバーッと出しちゃって。
あれは のぼせたんでしょうけど、見てた客のひとりが

   「それ! 早く盆の窪の毛を抜け」

と言ったのを聞いた兄サン、さっそく毛を三本抜いて捨てました。
すると さっきまで芸をしてた猿がその毛をサッと拾って

   「大願成就! かたじけない」
                  新文字ゑつくし


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色仕掛け 


碁が趣味の赤山老人、女房の許しをもらって友人の薮中竜竹宅へ泊まりがけで碁を打ちに行くことがある。
今回は女房が里帰り中だったので三泊もできたわけだが、上機嫌で家に帰ってみると泥棒に入られた跡があった。
寝間には行李がひっくり返り土間にまで着物が散乱し、なぜか障子にはズボズボと穴が空けられている。
慌てて三ケ所に分けておいた隠し金を確かめに走ったが盗られたのは二両。あと二ケ所の大金の方は無事だった
のでホッとしているところへ訪ねて来たのが、かねてから出入りの岡っ引きの矢七だったので好都合。

   「金が少ないってんで腹いせに障子を破ったか。先生、近ごろ変わったことはございませんでしたか」

   「う〜む、アッ! ワシが家を出た日にすぐそこの辻で女に会うたぞよ」

焦茶に鴬色のうねり縞の着物の襟をぐっと抜いた年増での、とてもこんな田舎にいるような女じゃなかった。
さすがに足もとは藁草履だったが冬というのに素足でしゃなりしゃなり ...... 尻なんかむっちりしててのぅ 

   「思わず後を追ったワシを、女が誘いこんだのがシコロ茶屋。で、ちょと色々 ムニャムニャ。。。
    で、次の朝に茶屋を出て竜竹の家に出向き三晩泊まって、帰ったらコレじゃ」

   「じゃ、四晩も外泊ですかい」

   「これ、女房にゃ内緒じゃぞ。三泊じゃ三泊!」

マ、それはいいとしてその年増女、金回りが良さそうな先生に前々から目をつけていたに違いねえ。
先生との寝物語で家が数日無人になるのを確かめて事に及んだんですぜ。そいつは好色で金を持ってそうな
年寄りばかりを狙って床に誘うのが手。それで相手が油断した隙に金を盗む枕探しのお竹に違いねえ。
あいつめ空き巣も始めたか ...... 獲物が少ないからって腹いせに障子を破るだなんてとんでもねえヤツだ。

そんな矢七の言葉も途中からは上の空の赤山老人、さっきから破れ障子をぼんやり眺めてニタニタとしまらない。
実は、障子を突き破ったと矢七が言ったその白くむっちりとした女の腕が自分の首に巻き付いた時の事を思いだ
していたわけだが、案の定 その口元からは涎(よだれ)が出かかっている。
                      ねこ
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ねぐら 


人はおろか猫も杓子も師と化して走り回るきょうこの頃ですが、いま一番忙しいのが七福神。
出番の多い大晦日や正月を控えて準備に大わらわです。
なのに、福禄寿(ふくろくじゅ)は宝船に乗り込む順番にこだわり仲間ともめてしまいました。
それで、とうとう福神仲間に追い出されてしまい今夜寝る場所がなくなってしまったのです。

困った福禄寿は知り合いの八百屋を訪ね

   「どうか、一夜たのむ」

   「はいはい。ようござります。そこの隅にでも寝さっしゃれ」

   「これは かたじけない。ではさっそく昼寝させてもらおう」

近くに置いてあったムシロをひっかぶり長い頭をのぞかせ寝ていると、色っぽい年増がやってきて

   「おや!? 冬だというのにユウガオが。おじさん値は幾ら ?」

と、尋ねれば、八百屋の親爺が「おせんさん それは福禄寿でござります」と言うたのを聞き違え、

   「ナニ! ひゃくろくじゅう(百六十)とは高すぎる」

ユウガオをあきらめて帰ったので、福禄寿は何も知らぬままの高いびき。まずは目出たし目出たし。

      ユウガオ  福禄寿
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拾ってしまえ 


木枯らしの中、江戸の方角からやってきた空の荷車が宿場町に入って行く。
引いているのはまだ若い男で、その横を歩いているのが父親らしき年配の男。
ここ内藤新宿は江戸日本橋からはおよそ二里、青梅街道と甲州街道に分岐するところにあり人馬の往来も
ひときわ激しい宿場町である。

ところで荷車の二人連れだが、これは宿場近くの角筈村に住む治平親子でいつも江戸市中まで出て野菜を
売っており、きょうも市中での商いを終えて帰る途中だったのを父親が荷車を止めさせ

   「オ、あるある。オイ、作造 早く拾え!拾え 」

息子に指図したあと治平は荷台にヨイショと腰をおろし煙管を取り出し一服し始めた。   

道筋に点々と落ちている馬の糞は手のひらに乗るくらいの大きさでコロンとしており、臭気も強くない。
その湯気がたっているのをひょいひょいと拾っては次々に竹ザルに入れてゆく作造の吐く息は白い。

しかし、往来でそんな事をしていても、さすが『 四谷 新宿 馬の糞 』と言われる町ならではで、道行く人
に馬糞を拾う者を物珍しそうに見る者はいず、もちろん気に留める様子すらない。
街道筋の馬糞を集めて堆肥を作り田畑に使うことなど格別珍しい話ではないしありふれた光景なのだ。

栄養のあるものを食べている人のモノよりは品質は落ちる馬の糞だが、人のモノと違ってただで手に入る。
それに家で飼っている鶏や牛のものよりも優れた肥料になるのだ。

   「おっ父、きょうは沓(くつ)もあるから兄ィが喜ぶゾ」

馬の蹄(ひづめ)を保護するために履かせている馬沓は古くなるとそのまま捨てられるのだが、これも立派に
堆肥作りに役立つのである。

運良くたくさんの馬糞を手に入れることが出来た作造、沓持つ手を治平に振るその顔が笑っている。

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大入道 


今アタシは伝蔵の家に来てるんですけど伝蔵の奴ウンウン唸るばかりで詳しい事が分らない。
というのも、さきほど大根を買いに出たところに井戸端で洗濯中だったお熊さんが走ってきて

  「おせんさん、出たらしいヨ。あんた知ってたかい?」

夕べは早くに寝ちまってと何も知らないと言うや、お熊さんはニカニカ笑いながら手を揉み始めた。

きっとアタシという新しい聞き手が現れて嬉しいに違いない。
だって、何も知らない相手に見てきたように話して聞かすのが大好きなんだもの、お熊さんって。
案の定、アタシが何も知らないと言ったので、満足そうに『 そうだろ、そうだろ』と、ひとり頷きながら

  「ウヒヒ それがサ、今度のは鬼女じゃなく、オ、ト、コ。素っ裸の大入道だとサ」

と、いつものように得意そうな顔で知っていること知らないこと織り交ぜながら話してくれたわけです。

薄っぺらな夜具を頭からひっかぶって震えている伝蔵からアタシが聞き出すことが出来たのはほんのわずか。
大入道が出る消えるの直前に強い風が吹く事と、大入道が女を捜しているらしいという事だけ。

伝蔵が怖がってる大入道とやらは ........

  「そいつ、田峰だ ......... 」

ぴんときてうっかり口に出しちゃいましたが、熱が出始めたらしい伝蔵は気づかなかったようでございます。


             月光障子
                      SF すっぽんぽん
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ずぶずぶ 


鈍い灰色の、重く垂れ込めた雲間から日は射しているが、それは弱々しいもので池を渡る風はあくまで冷たい。
そしてその風が強くなってきた昼八つ過ぎには不忍池の周りに人は誰もいなくなってしまった。

いや、よく見ればさっきまで鴨に餌を投げ与えていた男だけは岸辺にしゃがみこんだままである。
そしてその男の肩がさっきから小刻みに震えているのは寒さのせいばかりでなく、彼が

   「死ぬはずの池で気が揉めの吉祥寺だと ....... クックック ヴワッハッハ 」

あたりに人気(ひとけ)のなくなったのを確かめてから爆笑したことで、笑いを堪(こら)えていた為と知れる。

実はその男、江戸では名の知られた菓子屋の主人で名を鶴田屋嘉兵衛という。
そんな大店の主人が何故こんな所にいるのかと言えば、黒門町の売り店をのぞいた帰りに気まぐれに寄っただけで
あって、懐にあった麩菓子を鴨にやり終えた後も動かずにいたのは後ろに人がいたからなのである。

というのもさっきまで自分の後ろでいちゃついていた男女の地口まじりの会話を小耳にはさみ、それが可笑しくて
笑いたいのに笑うこともならず、男女の顔を見てしまうと吹いてしまいかねないので帰るに帰られず、二人が去る
まで耐えていたという深くて実にくだらない訳があったからなのだ。

つい最近地口(じぐち:洒落)に目覚め、近ごろではもっともっと面白くて気のきいた地口を聞きたい、そんな
思いが強くなってきている嘉兵衛、店に来た客同士や道行く人々の会話に耳を傾ける妙な癖もついてしまい、当人
の自覚が無いだけに、この病いは相当重いところまで来ているのかもしれない。

ひとしきり笑った後『さて、一つ自分でも気のきいたのを言ってみたいものだ』と思いつつ勢いよく立ち上がった
つもりが、長い間しゃがんでいたせいで痺れてしまった足がよろめいて方向を誤り、そのまま池にずぶずぶと踏み
込んでしまったものだから、さあ大変。
やっとの思いで岸に上がった嘉兵衛だったが震えつつもなぜか満面に笑みを浮かべ、嬉しげに言い放ったものだ。

             「 とんだ目に 太田道灌 ! 」                                     鴨
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忍ぶ忍ばず恋や恋 


恋は女子(おなご)の癪(しゃく)の種。
娘盛りの物思い、寝ては夢起きてはうつつと近ごろのおりんの様子はただごとではありません。
それを見てとった乳母(うば:養育係)

   「お前さまには思う御方がいらっしゃる様子。どなた様でございます。言いなされ」

日を変え所を変え、幾ら問うてもおりんは首を横に振るばかり。
では気晴らしにでもと乳母が連れ出したのが冬枯れの不忍池(しのばずのいけ)という寂しげな所。
おりんにしてみれば、強い勧めに渋々従ってはみたけれど案の定というかやっぱりというべきか、目的の不忍池
には片思いに悩む身にとっては気が滅入るばかりの寒々とした光景が広がっているばかり。
その上急に腹の具合を悪くした乳母が茶屋の後架(便所)にこもりきりと散々なことになってしまいました。

中々帰ってこない乳母を待つあいだ枯れ蓮の合間を泳ぐ鴨を見、その鴨目がけて餌らしきものを投げている人の
背を眺め、と所在なげだったおりんだったので、池沿いに歩いてきた人の中に恋しい人の姿を見つけ

   「アッ 弥三郎さんッ 」

日頃の慎みやたしなみをすっかり忘れてその胸に飛び込んだのも無理からぬこと。

驚いたのは弥三郎。いきなり懐に飛び込んできたおりんとは一度会ったきり、けれど何を隠そう自身もおりんを
忘れかねていたところだったので、胸ぐらにしがみつき声を殺して泣くばかりのおりんの肩をそっと抱いて

   「おりんちゃん、そんなに泣いちゃ 死ぬはずの池になっちまうぜ。もう金輪際泣かせはしねえからよ」

と言えば、おりんもようやく泣き止み「ほんに気が揉(も)めの吉祥寺でございました」と涙顔でにっこり。

美男美女の、錦絵から抜け出してきたようなふたり。どうやら相性もぴったりなようでございます。

       不忍池 
                             小町かぶれ
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貧乏神上洛す 

住処を決めるにあたり普通の家よりも寺社を好んだ貧乏神の甲ですが江戸では失敗が続き、腐る事しきり。
それで、これはワシのやり方や選び先が間違ってたのかもしれん、と心機一転江戸を離れたのがひと月前。
三条大橋
さて、京は三条の大橋を貧乏神乙が渡っていると向こうから来たのが江戸から上洛の貧乏神甲。
ところが乙の神は挨拶よりも先に相手のいでたちに目を剥(む)くことになります。
なぜなら甲の神の格好は黒羽二重の着物に上等の帯を締め、黒塗りの下駄に今結ったばかりの様な頭をし、
雲間を縫って射す陽の光に金ごしらえの脇差しがキラキラ光っているのですから。
それで思わずカッとなった乙の神、古ぼけた袖無し紙羽織を震わせ、こめかみに青筋たて歯噛みしつつ

 「や、そなたは仲間が法を忘れたか! そのナリは何じゃ! はてさて福の神にでもなられたのか」

と、ボサボサ頭を振り立てつつ精一杯の皮肉をまじえ責めれば、甲の神いわく

 「これ、よそにもらしてはならぬぞ。この格好も今は廓を主にするゆえじゃ。まず見かけで騙し、
  大尽(大金持)と親しゅうなる策じゃ。フフ、蔵の二つ三つを食いつぶすのが楽しみな事じゃ」

はてさて甲の神様の思惑通りにいくのか!いかないのか?楽しみなことではございます。
 
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いいねぇ 博太郎 


このまえ久しぶりにテレビをつけたところ時代劇専門チャンネルで鬼平犯科帳の『男の毒』をやっておりました。
これは第七シリーズの第八話で、これまで何度も見ていたはずのこの話を最後まで見てしまったのには実は訳が
あるのでございます。

ハイ、根っからの鬼平ファンだからというのは言うまでもなく。
実は主人公のおきよ(川上麻衣子)の色っぽさと可愛さのせめぎあいが何ともたまらん、凄いわネ!と観るたび
に思っておりまして、今回もソレで見始めたのですが途中から関心がちょっとそれちゃいました。
それたのは今まで何度も見ていたにもかかわらず、今回にして初めて本田博太郎という役者さんを『いいかも!』と思ってしまったからなのです。
この話で本田博太郎はおきよの相手役の簣の子(すのこ)の宗七と黒股の弥市の二役をやっております。
おきよの不幸の原因となった黒股の弥市は話の初めにすぐ死んでしまい、その弥市に瓜二つという男がおきよの前に
偶然に現れます。
それが(経師屋の)簀の子の宗七で、死んだ弥一にそっくりな宗七の激似ぶりに湯屋帰りのおきよが驚き、持っていた湯桶を取り落としたあたりから簀の子の宗七(本田博太郎)の魅力にぐいぐい引き込まれてしまったアタシです。
目尻眉尻はやや下がり気味なれど端正な顔にかかる鬢のほつれ毛も、経師屋としてきびきび働くその様子も男前。
おきよの誘いにどぎまぎしつつ拒む様子も、ウブなのか?あるいは仕事先の家の中で誘惑されしかも誘ってきた相手
が、そこの家の女主人だという怖れゆえなのか? が、抵抗も次第に弱々しくなる宗七、ええじゃないか ......
(実はこの宗七には重大な秘密があって、抵抗したわけはそのあたりにあるのかもしれませんが、当記事では省略)
アタシだって湯屋から帰って家に(本田博太郎の)経師屋の宗七がいたりなんかしたらどうなっちゃうか...... !?

これまでウカウカと見過ごしにしてしまってた本田博太郎、ややニヤケ系の顔つきなのは女たらし役ができる証拠
だし、凄まなくても悪役できそう!の掘り出しもの。嬉しいことに時代劇には相当出演してた筈です。
遅かったか博太郎発見、いや!まだまだ間にあう博太郎!ってなわけで、これから本田博太郎出演時代劇求めての
レンタル屋通いが忙しくなりそうな気がしてなりません。

                 てぬぐい
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小田原土産 

     東海道五十三次 小田原
      昼めしの用意をしているところに大汗かいた亀吉が現れまして

        「おせんさん、ただいま帰りつきましたがお変わりございませんか」

      なんでも駕篭かきの仕事を休んで郷里の小田原に帰っていたとかで、ずいぶんな久しぶり。

        「オヤ 何だえ 」
        「粕(かす)に漬けた小梅でございます。これは小田原(安永の頃の)名物でして」
        「ま、それは珍しいものを。嬉しいねえ」

      どうやら腹を空かせているらしい亀吉にはたくさんの葱を卵でとじたのを冷や飯に乗せた
      いわば昭和・平成の卵丼のようなものを作ってあげましたが、それがまぁよく食べること!
      ヤツのお代わりの連発のおかげでアタシが夜に食べるご飯が無くなっちまいましたヨ。
      仕方ない。今からご飯を炊いて、葱の味噌汁と粕漬けの小梅とで晩めしにしようかねえ。

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先生の鼻の下 


薮中竜竹先生はさっきからアタシの片手を自分の頬に押し当てたまま、うっとりしてらっしゃいます。

  「 おぉ おお。すべすべひんやりして吸い付くような手じゃ うひうひ 」

波池様以外の男に握られるのは絶対にイヤと思い極めた我が手ですが、竜竹先生だけは例外なのです。
というのも、あかぎれに悩んでいたアタシに特製の薬を作って下さったのが先生だからでございます。
手を撫でたりさすったりも薬の効き目を確かめるための診療行為だとアタシは思ってるんですけど。
え!? ひょっとして違うのかしら?

先生が作って下さったのが水仕事についてまわる、ひび、しもやけ、あかぎれといったものから他にも
やけど、切り傷などに効くという塗り薬。
詳しいことは良く分りませんけれど、そこらで良く見かける紫蘭(シラン)の根っこを乾燥させたもの
を粉末にしてごま油で練ったものだとか。
おかげさまであかぎれは全快、使ったアタシはずいぶん助かった思いがしたものです。

きょうは竜竹先生にお願いしてその薬を一升ほど(タダで)貰って帰ろうかと思っております。
隣近所のおかみさん連中も手荒れにゃ悩まされておりますからお裾分けにと思いましてネ。

いつもアタシの手をニギニギナデナデするのが大好きな先生ですもの。
万が一にもイヤとはおっしゃらないでしょうヨ。
                       シラン
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