おせんの江戸日誌

江戸と平成の世を行きつ戻りつの書き散らし

知ってるくせに 


赤山老人、きょうは新年になって初めての神田同朋町に住む薮中竜竹宅訪問。
今年こそは勝ちから始めたいものじゃ、と腕をさすりながら碁敵宅へ向かっていたわけだが
竜竹宅の前に着いたところで天秤棒を担いだ魚屋と行き合わせ、竜竹への土産にちょうど良いと

   「これ、何ぞ良いのはあるかえ」

   「へい、鯛がございます」

   「値はいかほどじゃ」

   「そくがれん(百五十:魚屋や八百屋などの符牒)でいかがでしょう」

   「そくがれんとは何のことじゃ。客に分るよう銭で言え」

   「百八十でござります」

   「この嘘つきめ。さっき百五十と言うたではないか」  

それで赤山老人、百二十文まで値切るのに成功したのであった。
                   たい 踊る男
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ついたら怖い 


日は落ちたけれど西の空一面は真っ赤で、あたりはまだ薄明るく提灯はいらない、そんな時間帯のことです。
ももひき長屋から出たところの表通りで駕篭かき稼業の亀吉にばったり会ったのは。

きょうは早じまいだったという亀吉は相方の留助と一緒でこれから山鯨(猪肉など)を食べに行くのだとか。
それで三人で立ち話をしているところへ、女中を供の鶴田屋のお民さんが来かかり、

   「あ、おせんさん。また遊びに来てくださいな。けど、おせんさん....... 」

ちょっと肥えなすったんじゃぁ? と続けなさったのは、ずばり当たり!今のあたしゃ餅太りで身が重い。
それで「 ええ いつのまにか肉(しし)が付いちゃって」と返したんですが、それを聞きとがめた亀吉が

   「お、おせんさん ししがついたってほんとですかい」

   「そうさ、今度のは もの凄いのが付いてサ 体が重くってならない」

なぜか少しずつ後ずさりしていた亀吉留助のふたりにあたしゃそう言ってニヤリ笑ったんです。
するとすでに怯え顔だったふたり、ぶるぶるっと身震いするや互いにヒエーッ ゲーッと奇声をあげたあと
同時にクルリと向きを変え、アッというまに夕闇の町を雲を霞と走り去って行きました。

(しし)が付いたを猪(しし)が憑いたと、狐憑きかなんかと同じように思ったに違いありません。あいつら。

                猪 絵
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そそのかした女 


きのう、お増が男と逃げた。亭主が仕事で留守の間だった。
それを聞いた おタネが驚きつつも、またかと思ったのも無理はない。
なぜなら おタネの女友だちが亭主を捨てて駆け落ちしたのがこれで二人めだったからである。

まず二年前に幼馴染みである お鈴が幼い子どもを二人連れて若い男と駆け落ちした。
その当座、お鈴に逃げられた松造は おタネの家に何度も怒鳴り込んできたものだ。

   「おめえが お鈴をそそのかしたに違いねえ」

などと、松造は顔を真っ赤にしてまくしたて、おタネはそのたんびに うんざんりしつつ

   「あたしゃ知りませんよ。エエ知りませんとも」

などと言い張って松造を追い返したのである。

当時、お鈴は浮気相手の若い男のことを おタネに打ち明けていた。
が、それは今度のお増の場合も同じで、おタネはお増の相手の男の事を知っていた。
駆け落ちした二人の女は事前におタネに自分の浮気のあれこれを喋り散らしていたのである。
でもサ、聞きはしたが 駆け落ちをそそのかしてなんかないヨ あたしゃ。おタネはそう思っている。
ただ色恋沙汰の女友だちが羨ましく思え、話を聞いた時にそんな気持ちを顔に出し口に出しただけサ、と。

そんな態度が女友だちの気持ちを煽り、駆け落ちする気になったなど当の本人が知るはずもなく、
今夜あたり お増の亭主が怒鳴り込んで来そうだと怯えている おタネなのだが .....

           をんな落款
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けなげ与一郎 

大店の惣領(そうりょう:あととり)の与一郎は悲しい。
わけもなく悲しい。

ただし、わけもなくというのは与一郎が思いあたらないだけであって、本人が気づかぬながら
地に足がついてない暮らしの虚しさがその胸に寂寞の感を与えているに過ぎない。

親や店の金をくすねては、ある時は岡場所に遊び、ある時は吉原に居続けもした。
さすがに賭場への出入りはしていないが、野だいこ引きつれての芸者遊びも散々にやってきている。
そんな与一郎、いわゆる放蕩息子ということになるのだが、

   「深川の流れは絶えずして しかも元の舟にあらず。
    明け四ツの拍子木は店者(たなもの)の足を早め(深川)八幡のぢゃんぢゃん(暁の鐘の音)
    オイラの胸にこたえる。。。
    染井のつつじは浅草の梅漬けに色を奪われ、萩寺の秋には宮城野(みやぎの)のさかりをうつし
    らかん堂に螺堂(さざいどう)高く、百番の札所を開いて巡礼遠路歩行の足を速める ...... 」

などと、遊んでも楽しめない気分になってきている。
きょうもきょうとて芸者あげての遊びが何とも虚しく思え、早々に切り上げての帰り道で

 近ごろじゃ芸者遊びもつまらなくなっちまった
 巡礼遠路歩行の足を速めるどころか、このままじゃどこ行っちまうんだか ・・・
 いつまでも遊んでばかりじゃ .....

などと親が聞いたら赤飯炊きかねないことを酔った頭で考えている。
                                千鳥 青緑
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梅本三勝 


冬の日差しが障子に庭の松の影をくっきり浮かべ、まるで一幅の絵を見るようである。
深川での芸者稼業をすっぱり辞めた三勝はこの家で幾人かの弟子に三味線を教えている。
弟子は商家の娘がほとんどで、中には元芸者の美人師匠を狙う不埒な男もいるようだが三勝は意に介さない。
それは『弟子がいればこそオマンマが食べられるからサ!』と、割り切っているからなのだ。

糸銭として二十四文を毎月の末(晦日)ごとに受け取り、その他にも張替銭、畳銭、炭銭などを年に一、二度。
それらと別に謝礼があるのはどこの師匠も一緒で、三勝の場合は五節句のたび一分とっている。

   「だからサ、菊乃ちゃんもくよくよ考えずに芸者辞めちまいな。
    芸事は素人になっても続けられるし、弟子をとれば暮らしは立つし。
    マ、菊乃ちゃんは大店のお嬢様だから暮らし向きの心配は無いだろうけど」

庭に面したその部屋には長火鉢の鉄瓶がシュンシュンと音をたてている。
菊乃は芸事が好きで芸者になったのだが慣れてきた今ごろになって宴席が厭になってきたのだ。
お座敷に出て歌や踊りを見せても相手は酔客か、芸者を転ばすことを考えているヤツかの二通りしかない。
それでいいかげん厭になっているところに菊乃を描いた春画が市中に出回ったのである。
それもこれも売れっ子芸者の避けて通れない道、と思いもした菊乃だった。
が、どうにも我慢ならなくなって可愛がってくれた三勝の家を訪れ、相談を持ちかけたのである。

借金ずくで芸者になった訳じゃなし、辞めちまいな。芸事は素人でも極められる。
三勝姐さんのその言葉が帰る菊乃の足を急がせ弾ませているのは間違いない。
            三味線
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苦しまぎれ 


へえ、タロですかいと不服げにつぶやいた後に伝蔵はだんまりを決めこみ土間に突っ立ったままでいる。
が、その足もとの子犬は早くも飼い主伝蔵の不機嫌を察したらしく、低く構えウウと唸って卜内を睨んだ。
柴犬は主人に対しては非常に忠実な反面、よそ者や主人に敵対する者に対しては警戒心をむきだしにする。
この子犬は赤褐色の短毛、立ち耳で尻尾は巻き尾という特徴を備え、まぎれもない柴犬なのであった。

   「これ伝蔵、タロですかいという言い草はないゾ。タロも怒っちゃいかん。
    タロはタロでもそこいらのタロとは訳が違う。由緒正しいタロなのだ。
    言うてもおぬしのような無学な者には分るまいが、タロは古事記からとった名じゃ フォフォ 」

おぬしに犬に勇敢な名をつけてくれと頼まれ、夜も寝ずに考えたのじゃ。と、上がりかまちに仁王立ちの卜内。
たとえば雷(イカヅチ)だとか疾風(ハヤテ)の案も出た。が、字面(じづら)は良いが呼びにくい。
その他も一長一短、行き詰まって何気なく枕元にあった古事記をぱらぱらと流し読みしたんじゃが 喜べ伝蔵!
おかげでスサノオノミコトにたどり着けたのじゃ。が、スサノオでは呼びにくくミコトでは勇猛さが出ない。
で、スサノオが退治した八岐大蛇(やまたのおろち)に決めたという訳じゃ。退治されたといっても霊性強く後世
まで名の残ったヤマノオチ。その『タ』と『ロ』を頂いての命名じゃ。文句は言わさんゾ。カーッ(喝)

卜内の突然の大声にたじろぐ伝蔵を尻目に、子犬はひとっ飛びで卜内の着物の裾に喰いついて離さない。が、
タロやめろと叫んだ伝蔵の声を聞き分けた子犬、どうやら名はタロに落ちつきそうな雲行きで目出たし目出たし。

ところで卜内の家にあるのは黄表紙ばかりで古事記などは無いし命名理由も取って付けた嘘。
褌の儲けで遊所に通い詰めだった卜内、名付けを頼まれていた事などすっかり忘れていたのである。
が、訪れた伝蔵に忘れていたとは言えず苦しまぎれに『名』の字を分解したものを披露しただけに過ぎない。
けれど、名前の真の由来は伝蔵とタロには内緒にしておくのが やっぱりいいかもしれない。
            タロ 柴犬 子犬
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変態ではない 


易者として同業者より格別優秀なわけではない平野卜内(ひらのぼくない) だが、客の評判は良い。
そのわけは客の年齢をずばり見抜ける目を持っていることと巧みな話術にあるからで、顧客も多いらしい。
その卜内に長屋の狭い干し場を占領されたお熊がいきり立って

   「ひとりでこんなに干しちゃって! ウチのが干せないじゃないか」

噛みついたわけだが、卜内はあご髭をしごきながら『ナニ、すぐ乾く』とニヤニヤ顔を崩さない。
なるほど、卜内が今しがた干し終えた洗濯物は竿三本にへんぽんとひるがえっているがモノは薄物ばかり。
それが褌(ふんどし)と湯文字(ゆもじ:腰巻)ばかりというのには、実は訳があって ここ数年流行っている
厄除けするなら『褌や湯文字の脱ぎ捨てで』に目をつけ、知恵をしぼった成果なのであった。

年齢当てに自信有りの卜内は本厄間近な客に見込みをつけ、晩秋の頃から客に褌の捨て場指南をしたのである。
厄除けにただ捨てるだけでは駄目、逆に福を招き寄せるくらい効果絶大なのは真新しいのをココかココに。
イヤお前様ならやっぱり『この場所』と、客が捨てたモノを自分が回収しやすい場所に指定したのである。

それで他人の褌と湯文字を多く手に入れた卜内だが、だからといって彼が変態というわけではない。
新品の木綿一反なら六百文、手に入れたのは仕立て済みのが二反分はゆうに有るからナと、捕った狸の皮算用。
あとは乾くのを待って、買い取り屋に持込むばかりなのだから彼の笑いが止まらないのも無理はない。
が、アレは買いたたかれるであろうな、と目を向けた先には染み付いた泥がどうしても取れなかった褌が一枚。

   「おまけに歯形まで付いておる」

と、伝蔵の家から出てきた一匹の子犬がそのボロ褌に走り寄るや、飛びついてじゃれ始めた。       
しかし『そんな褌はくれてやるわい フォホフォホ』とすこぶる上機嫌の卜内なのであった。
                     江戸踊り
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くのいち見参 


正月二日目の夜遅くに金木犀の甘く濃い むせかえるような香りが長屋のあたりに立ちこめ始めた。
だが長屋の住人に、秋に咲く金木犀の香りが真冬に漂っている事を不思議に思う者などいなかった。
なぜなら嗅いだ者はたちまちの内に眠ってしまい、不思議を不思議と思う間がなかったからである。
どうやらその香りには強い催眠効果があるようなのだ。

そしてさっきまで悪夢にうなされていた伝蔵の枕元に、闇から滲みだすように現れた人影が

   「おぬしの家は代々の忍びであったが それを一体どう考えておるのじゃ! この腰抜けめ。
    忘れたとか聞いておらぬとは言わさぬぞ。
    わたしもおぬしと同じ身の上。今の世に忍びの出る幕はないが心構えは常に忍びのわたしじゃ。
    今宵参ったは、何事にも怯(おび)え、戸板で担ぎ込まれてばかりのおぬしにたまりかねたからじゃ。
    おぬしが忍びの者としての誇りを取り戻せるよう任務を与えねば、そう思ってのう ....... 」

同じ文句を何度も繰り返し繰り返し眠っている伝蔵の耳元で囁いたあと、その姿を消した。
そして、すぐに「今のが初夢か?」と、跳ね起きた伝蔵だったが夢の生々しさが現実のことのようにも思え、
あたりを見回したが人影など無く、やっぱり夢だったかと思ったその時「犬を育てよ。忍犬の血筋じゃゾ」と
かすかに女の声がし、その後すぐに土間の方から「クゥ〜ン クゥ〜ン」と犬らしき鳴き声が聞こえてきた。

これは参八から子犬を押し付けられ、その世話に一日で音(ね)を上げたおせんが子犬を捨てるにはあまりに
忍びなく、また哀れにも思えたゆえの苦肉の策なのであった。
近ごろ引きこもり気味の伝蔵の慰めにはなるだろうし、ひょっとするとヤツの小心も治るかもしれない .....
などと、勝手な理屈で実行した忍者作戦が上手くいってすっかり調子に乗ったおせん、金木犀の効き目が
あるうちに波池浪人も『襲っちゃおうかナ』などと けしからぬ事を考え始めている。    
        柴犬 子犬 女忍者
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ぐちょ濡れ 


身に着けている褌(ふんどし)を人知れずこっそり捨てる。
これは来年厄年にあたる男が大晦日の深夜ひっそり行うという江戸で一時期流行った厄除けの一つである。
ちなみに女の場合は腰巻を捨てるわけだが、今回は褌の話で腰巻は関係ない。

で、褌を捨てる話になるのだが、昨年の大晦日に参八は危うくこれをしくじりかけたのである。
捨てたのは猿江御材木蔵近くの田畑が延々と広がるあぜ道で、人ッ子一人いるはずもないところ。
時刻は夜四ツ(十時)にもなろうかといった時分で、月夜だが誰かに見られる心配もまったく無い、はずだった。

ここなら大丈夫と見極め、褌を捨て「しめしめしめこのウサギ」と歩きだした参八だったが、しばらくして自分の
背後に気配を感じ『すわ物の怪か』とおそるおそる振り向いたところ一匹の子犬がいただけだったので ホッ。
が、安心したのも束の間、その子犬はさっき捨てたばかりの自分の褌をくわえ引きずっているではないか!

褌をくわえた犬がどこまでもついてくるのなら厄除けは失敗、そればっかりは 堪忍しなのの善光寺 .....

焦った参八は子犬から褌を取り上げるとそれを固く丸めて縛りあげ、遠くへ放った。
ところがこれを喜んだのが子犬。
(まり:ボール)が転がるように駆けて行って丸まった褌を口にくわえて戻ってきた。
そしてまた投げてくれと言わんばかりに参八の周りをくるくる回ったりじゃれたりして矢の催促 ・・・

褌を投げ(捨て)ると子犬は大喜びで取ってくる、その遊びの繰り返しでへとへとになり閉口した参八だったがハッと
もうじき新年になってしまう 厄年がやってくると気づくや子犬を抱きかかえ、おせんの家へと猛走!!!
起きてきた寝ぼけまなこのおせんに事情を告げるのもアワワともどかしく、とにかく犬を押しつけるのに成功。
そして犬のヨダレでぐちょぐちょになった褌を締め、夜更けの町に褌の捨て場所求めて走り去って行った。

それで、ぎりぎりで厄除けできた参八だったが 風邪をひいて正月中は寝込んでしまったとの噂である。
                        柴犬 子犬
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あけまして 

   
     元日や鶴の声する車井戸  

     parrotbar.gif
               

      一句1  
  車井戸というのは井戸の真上に滑車がついております。

  この滑車というもの、水の入った釣瓶(つるべ)を上げる時に、その重さゆえにきしみますので

  キリキリなどと音をたてるわけでございます。

  ところがその音にもそれぞれに特徴がありまして夜中など静かなものですから、これは誰が家の

  車井戸と近隣の者にはすぐ分るもので今回の鶴の鳴き声っぽいのは表店の鶴田屋に違いありません。

  きょうはそれがなんと明け六ツの鐘の音より前に聞こえたのですから随分な早起きでございます。

  あの家は元旦になると庭にある亀石の甲羅に若水をかけるのを毎年やっております。

  縁起かつぎというものですネ。

  ま、おかげで早起きできたし、このまま初日の出を拝みに出かけちゃおうかなと思ってます。

    その足で初詣行って

    あとは帰って家で一人ゆっくり御酒を頂いて .... と。

    ア! 待てよ ・・・ 騒々しい奴らが押しかけてくるかもしれない......  ぶるぶるッ

             つるかめつるかめ ・・・・・・

                            
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