おせんの江戸日誌

江戸と平成の世を行きつ戻りつの書き散らし

振る舞い酒 

戸をがらりと開け、トットットとつんのめるように入ってきた参八が、上がりかまちに手をつき

   「アデ、アデ、アデサン! い いや違った姐さんだ! トッ、トッ、ト.ト.とく.....」
   「何だい 騒々しい」

血相変えた参八の形相のあまりのもの凄さに、徳の市が辻斬りにでもあったかと思ったら

   「あの、あの、あの そこの鶴田屋さんで、店先に酒樽たっくさん並べて、ですネ
    前を通る人に下り酒を、ただで配ってネ こりゃ得な話で・・・ウググ ムグゥ。。。」

ただと聞き反射的に「なんだってッ」と参八の襟首引っ掴んだものですから奴め、失神しかかりました。
そこで急いでホッペタ叩いて問いただし、ようやく詳しいことが分りました。

娘の菊乃ちゃんが芸者を辞めて帰ってきたというので鶴田屋さんは大喜びで、店先にいくつも酒樽を並べ、
道行く人たちに「どうぞどうぞ」と大盤振る舞いして、もちろん、ただなんですから随分お得

   「そのうえ、下戸の者には紅白饅頭を配っているのだとか ...... アレ? 姐さんどこへ」

   「フフッ 知れたことサ。」

何を隠そう、饅頭も御酒もアタシの大好物。これを見逃すわけにはいきませんから、やっぱり。
                  春の女
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猫ざんす 


  男がもし目覚めていたのなら「こいつ、猫のようだ」と思ったに違いない。

シコロ茶屋

お竹は男が眠りについてしばらくするとゆっくり目を開けた。

そして、身じろぎもせず隣の男の寝息をうかがっている。

そして大丈夫だと思いきわめたのち、軽やかな身ごなしで男

に近づき、改めてその寝息を確かめ始めた。

これは枕探しにとってはいちばん肝心なところで、万が一

相手が眠っていない場合は、巧みに誘って酒を飲ませるとか

色仕掛けでもう一戦に持ち込み疲れさせて寝つかせることになる。

寝息の確認から金目の物を奪って立ち去るまでのお竹の動作は

敏捷で、音をたてない。獲物を懐に帰り道を急ぎつつ、我ながら

「ふふッ まるで猫だよネ」と、思うのはいつものことである。



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帰ってきた女 


アタシが紅売りから帰って、同じ長屋の双助の家を通ると中から女の嬌声が聞こえたんです。
双助も中々やるじゃないかと思いつつ、そこを過ぎてアタシんちの戸に手をかけたとたん後ろから、むんずと
アタシの肩を掴んだ人がいる。振り向けば、いつのまに家から出てきたのかお熊さん!?
お熊さんは目をむき鼻の穴を膨らませている。これはお熊さん、かなり興奮してます。

 「おせんさんッ! あいつが帰ってきたよッ  おふさが帰ってきたんだよう」

 「え? おふさって?」

あれ?あんたがここに入る前にアイツ嫁に行っちゃってたんだっけ、と首をかしげたのも束の間
お熊さんは猛然と喋り始めました。
あばずれ女


おふさは母親と二人暮らしだったんだけどサ

男たらしにかけちゃ凄いんだから。ホント。

あの卜内先生はおろか伝蔵も鼻毛抜かれちゃって

稼ぎを吸い取られちゃってたんだから。

得体の知れない男を連れ込んだこともあったし

乗り込んできた男と大立ち回りを演じたことも

あってサ。

エ? ウチかい? 銭かねは大丈夫だったけど

あの泥棒猫、うちの宿六を味見しやがった 。。。


   あー 思いだしても腹がたつ、と帰って行ったお熊さんですが、その前に急に真面目顔になり
   おせんさん、波池の旦那も危ないヨ、と言ったあと、うひうひ笑うことを忘れませんでした。
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分かれ道 


な、きれいに別れてくんねえ
惚れた腫れたの仲である半次が帰り際に言った言葉は、お銀にとって思いがけないものだった。
なんでだいと聞くと、半次はすました顔で飽きたからだと言った。

 「嘘だろ」

 「嘘もへちまもねえ。とにかく飽きたんだ」   

あたしゃ納得できないね。そう言って責めたてたお銀に、遂に本音を吐いた半次の言い分は

 「おめえはいい女だが間男するのはこれでなかなか骨がおれるのサ。
  ま、別れるのはオレも本意じゃねえんだが .......  」

おめえが旦那と切れてくれるんだったら話は別だと言い残して半次は帰っていった。

半次はうお新という料理屋の板場で働いている腕のいい料理人だが長屋暮らし。
一方お銀を囲っている旦那はかなりの年寄りで孫のような年頃のお銀に銭かねを惜しまない。
さあ、どっちを取るんだ ....

どうやらお銀はこのまま妾暮らしを続けるかどうかの瀬戸際に立たされてしまったらしい。


             としま
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珍商売 


   おや、ま。
   ぢぐちしなんじょ、これは珍しい

地口指南
 得意先に注文の菓子を納めに行った鶴田屋の大番頭の儀助、店に帰るとさっそく主人の
 嘉兵衛に報告を済ませ、新作の菓子をお茶うけに四方山話に入りました。

  「ところで旦那様、世の中には変わった商売があるもので ..... ウフ  」

 儀助は五十ですが大変に好奇心が旺盛で、珍しいものや流行りものに目がありません。
 彼が外で仕入れてきた情報が鶴田屋の商売に大いに役立ったことも幾つかあって、嘉兵衛は
 儀助が仕事帰りに道草するのを黙認しているのです。

  「きょうお伺いしました鳥居丹波守様のお屋敷近くの、あそこは下谷車坂町でしたっけ
   そこに小綺麗な二階家が長い間空き家のままだったのですが、きょう前を通りましたら
   人が入ったらしく、地口指南所の看板が出ておりました」

  「 ウプッ 」



   思わず飲んだばかりの茶を吹いてしまった嘉兵衛、実は大の地口(言葉遊び、洒落)好き。
   大店の主人なので人前で軽々しく地口をたたくわけにもいかず、地口好きを悟られてもならない。
   せいぜい寝床や厠(かわや:便所)の中でブツブツが関の山 ......
   
   地口指南所の反応が「ウプッ」だけだったので次の話題に変えた大番頭ですが、それを聞いているのか
   聞いていないのか? 黙ったまま時折ズズーと茶を飲んでいるだけの嘉兵衛。
   実はその頭の中は鳥居丹波守様のお屋敷近くの下谷車坂町あたりを忙しくさまよっているのです。
                  店先
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竜竹の養生訓 


武州多摩郡原村にある鶴の湯で療養して病いも癒えた甲田屋のおこん、久しぶりの我が家に落ちつくと
さっそくかかりつけの医者である薮中竜竹宅へ手代を差し向けた。

 「おかげさまでおかみさんの病いもすっかり治りましてございます。
  ですが、すっかり治ったとはいえ病後の身。何か用心することがございましょうか」

 「いや、普通に家のことなどなさっても良かろう。早寝早起き、家事もする。
  町に出るのも良し、参詣するも良し。食べるものにも気を使う必要はござらん」

 「すると、魚や貝に大根たまご 何でも食べていいのでしょうか」

 「うんうん、構わぬ。けっこうけっこう」

 「では松茸は?」

 「たんと食べなされ。
  が、しかし松茸のようなもの、あれはいかぬ。くれぐれも過ぎぬようにとお伝えくだされ。コホン」
                   まつたけ
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鳴かぬカラス 


梅本三勝の家は両国橋より日本橋の方へ三丁ほど行った長町の新道の、仕立屋と搗米屋(つきごめや)
並んでいるその間の路地の突きあたりにあって表通りの喧噪は届かない。

三味線師匠という仕事柄独り身という事にしている三勝だが、人前では兄さんと呼んでいる亭主がいる。
亭主を兄さん(あにさん)と呼び、親を「おぢさん、おばさん」と呼ぶのは芸事の師匠の間ではよくある
ことでさして珍しいことではない。

さて、庭の松の木に登った亭主の吉三に、下から見上げた三勝が

 「アッ 兄さん そこそこ そこが よござんす」

手先が器用な吉造は自分で作った風見の鳥を枝に仕掛けている最中なのだ。

風の方角を見る為に鳥の形に板を切りぬき、黒く塗って松の木に据え置かれたこのカラスの風見は遠くから
見ると本物のカラスが木にとまっているように見えた。
人々はこれを面白がり、また風見に便利な為に風見カラスは江戸でこの後大いに流行り、あちこちで見かける
ようになったわけだが、それでどれだけ儲けたかは吉造を酔わせて聞き出すしかないだろう。

                松にカラス
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