おせんの江戸日誌

江戸と平成の世を行きつ戻りつの書き散らし

惚れてたのか 

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瓦職人の笹三は一日の仕事を終えると仕事場近くにある「うま屋」で酒を飲む。
この十五年というもの酒は仕事終わりに一杯だけというのを固く守りぬいてきた笹三だった。
また、悪酔いしたり付け払いするなど無かったので扱いやすい客だったのである。
ところが、この日の笹三は違っていた.....

店に入るなり、たて続けに三杯あおったのを皮切りに後はもうとどまる所を知らない勢いなのだ。
いつもと違う笹三に気付いた常連客や「うま屋」の親爺の気遣わしげな視線を知ってか知らずか…
笹三、ぽたりと涙を落としたのを皮切りに大泣きに泣き始めたものだ。
五十男の大泣きに、顔と顔を見かわす客と客。顎もはずれよと言わんばかりに口あんぐりの店の親爺。
しばらくして気を取り直した親爺の二平が柄にもない優しげな声で笹三に訳を尋ねると

「お勝さんが死んじまったんだよう。おりゃ もう駄目だあ」

お勝は近所の蕎麦屋の後家で、ひとり息子に嫁を取り店を継がせたしっかり者 である。
しっかり者すぎて、びしびし言いすぎるくらいのお勝を近所の人たちは陰で「鬼婆」と言うほどだったが
若い頃は「さぞかし」と思わせるような顔だちをしていたのは事実である。

惚れていたのかぁ それにしては笹三はお勝さんよりも十ほどは年下のはずだが…
なかば納得し、なかば割りきれない思いの二平の耳に

「お手本が死んじまっちゃ もう鬼瓦は作れねえ。。。」

酔いつぶれた笹三の繰り言は届かなかったようである。
鬼瓦

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うまうま 

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そろそろ木戸も閉まろうかというような時刻でしたが、ウチに息せき切って飛び込んで来た参八が

   「ア、アデサン! い いや違った姐さんだ! ウッ ウッ ウマウマ。。。。。」

   「何だい!? 何がウマウマなのサ、うまい饅頭でも持ってきたのかい」

   「イエ、生まれたんでげす赤ん坊が。大上総屋のお座敷で讃岐からのお客様から聞いたんですが
    これがまた大変な男前のお武家で。エエ 役者も裸足で逃げ出す・・・ウググ ムグゥ。。。」

イイ男と聞いてアタシとしたことがついつい我を忘れ、なんだってッと参八の襟首引っ掴んだものですから
首が、こうギューッと締め上げられ、奴め、失神しかかりました。
そこで慌ててホッペタ叩いて問いただしたのは例によって例のごとくでございます。ホホ
聞けば、参八がお座敷で拾ってきたのは『丸亀藩で六つ子が生まれた』という話でござんしたが

 「似てるのかねえ やっぱり。瓜二つってくらい ...... 」

 「いや、やっぱ瓜六つでげしょ。。。」

 「フフフ」

 「ガハハ」

などと、なんとも珍しい六つ子の話を肴に、アタシたちが酒盛りを始めたのは云うまでもありません。
                六つ子
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おっかさん 

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そぞろ屋は母親のお勝と中年の息子夫婦の三人だけでやっている小さな店だが客の入りはいい。
元々お勝の両親が細々とやっていた頃は屋台に毛の生えたような蕎麦屋だった。
それを客が六人ほどは入れるよう大きくできたのは婿に入った源助、つまりお勝の亭主の腕のおかげなのである。
蕎麦職人の源助が打った蕎麦は大したものだったが、何と言っても このあたりではまだ珍しかった天ぷら蕎麦を
いち早く取り入れたのが大きかった。ま、天ぷらといってもかき揚げではあるが .....

その源助が亡くなってからは息子寅二の腕前が、客たちに『オヤジの味そのままだ』と喜ばれている。
が、今のそぞろ屋の常連客に安くてうまい蕎麦をゆっくり味わう者はいない。熱々の天ぷらも、蕎麦も、そして
汁さえも大急ぎで腹へ流しこみ、勘定を済ませる。
そして皆が皆、追い立てられるようにして帰ってゆくのは一体どうしてなのか。

その理由(わけ)はお勝にある。
お勝は、もはやいっぱしの蕎麦職人となった息子の寅二も、その嫁のおふでも気にくわない。お勝にしてみれば
寅二はまだまだ未熟、おふでは『全部がなっちゃいないし』で、小言を言う、叱る、怒鳴るということになる。
客がいようがいまいが関係なしのお勝の怒鳴り声とうまい蕎麦を天秤にかけたら、蕎麦が勝つ!わけで客は来る。
来るが、お勝のいつ始まりいつ終わるともしれない説教や怒鳴り声を聞くのが嫌さに皆そそくさと帰るのである。

母親の説教したい気も分るが『ちょっと度が過ぎている』と思うし、女房おふでのやつれようが気にかかる。
それに、この頃では少し客足が落ちてきているような気がして、これまた心配でならない寅二なのである。
                    蕎麦
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小桜おせん 

小桜
この頃になると嬉しくって着てしまうのがこれ。
これって
おっかさんの形見の小紋なんですが洒落てます。
ので、これは数少ないアタシの着物の中の一張羅。

桑茶の地に桜色の桜の花びらが舞っておりまして
つまりは桑茶地桜小紋ってことですネ。
それで
襟は黒襟、でないと野暮になっちまいます。

娘、と自他共に認め、認められていた頃のアタシ
には地味だったんですが、年増になった今では
良く似合うようになってきました、オホホ.......




     きょうは波池様をお誘いし、大川の堤をぶらぶら歩いたのちに汁粉でも食べようかな、と。
     葉が目立ち始めた中の桜花は満開の時とはまた違った風趣があって好きなんですヨ。
     
     さ、お気に入りのこの着物に『去年みたいに』汁粉をこぼさないよう気をつけなければ。
     ・・・ その前の年は、たしか御酒をこぼしたっけ ........
     なにはともあれ、まだ年増(およそ二十四、五才)になって二、三、四年のアタシ。
     年増としてはまだまだ駆け出しなので、早く立派な(?)年増女になりたいものでございます。
                さくら
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