おせんの江戸日誌

江戸と平成の世を行きつ戻りつの書き散らし

唐茄子対唐辛子 

大工の虎三がももひき長屋に帰ったのが暮れ六つの鐘がボヲンボヲンと聞こえてまもなくの頃。
女房のお熊が晩めしに出したのが山盛りの唐茄子(カボチャ)の煮物だけだったので

   「オイオイ、惣菜やで買った見切り品の唐茄子煮が晩めしかい。こんなのが食えるか!
     安けりゃいいって言う伝でいくと、さしずめ明日はオレの嫌いなイワシにする気だな」

   「ハァ? なんでイワシなのサ」

   「きょうは銚子でイワシが大漁、安くなるに決まってるからじゃねえか バカ」

なんで行ってもない銚子の漁が分かるのかね? 首をかしげたお熊に、虎三は股ぐらをボリボリ掻きつつ
きんたまがかいけりゃ てうしでイワシがうんととれ、ってえのを知らねえのか!この唐茄子ババアめ!

温気になると、イワシも大漁、股ぐらも痒くなる…… 虎三に唐茄子呼ばわりされた上にくだらない説を聞かされ
ヘヘンと鼻先で笑ったお熊、

「なんと賢いきんたまじゃないか。その真上の唐辛子は役立たずだけどネ」

ついつい言ってはならない事を口走ってしまい

   「なにお てめえ言葉が過ぎると 叩っ殺してやるぞ!」

   「ヲヲ、殺さば殺せ。てめえなんか幽霊になってとり殺してやるゾ」

睨みあったお熊虎三、慣れたもので、既に立ち上がってジリ、ジリ、と間合いを詰め始めている .......
               犬
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みめぐり稲荷 


初め、芸者玉吉にとって沼田屋の若旦那惣太郎は上客のひとりに過ぎなかった。
だが惣太郎にしてみれば、玉吉に出会ったその刹那いきなり雷に打たれたような一目惚れだったのである。
一緒になりたいと思いつめ、なんとか玉吉の気を惹こうと花見や舟遊び、月見や雪見は序の口で、除夜に
王子の狐火を見に行こうなどと言い出す始末であった。
この狐火見物の道中で罠にかかった狐を見つけ、ふたりして助けたのも今は懐かしい思い出である ……が
もちろんそんな風に遊ぶばかりでなく、惣太郎は自分の親や親戚の長老など熱心に説得したのである。
その甲斐あって玉吉の沼田屋嫁入りが決まったのだから惣太郎の喜びようはひとかたならぬものだった。
だが、思うようにならないのが人の運命(さだめ)、玉吉と惣太郎には悲しい別れが待っていたのである。

そして年月は駆け去るごとくに過ぎてゆき、ある夏の夕暮れ時。
向島の三囲稲荷の社内にある茶店の女主人おしなが店先で晩酌を楽しんでいる。
社内の風にざわざわと揺れる梢や、暮れなずむ空を眺めつつ飲む酒は何より旨い。
仕事終わりの酒は、玉吉と名乗っていた頃からの、おしなの欠かすことのできない楽しみであった。
そしてこの日、そんなおしなのところに訪ねてきた人があった。

   「 おや!惣さん。これはまた嬉しいことだ 」

十五年も前に別れた惣太郎が訪ねて来るようになったのはここ半年ほどのことである。
それをおしなは何のこだわりもなく迎え、酒肴の用意をする。
意外なことに、惣太郎もにこにこと肴を口に運び、酒をちびちび飲み、ふたりの顔に悲痛の色は見えない。
その半年間、思い出話にうち興じるふたりの最も熱の入る話しは王子近くで狐を助けた時の苦心惨憺話で、
その話になるとふたりの目には涙が浮かび、やがていつしかふたり共に無言になるのが常であった。

あの頃は楽しかった。あの頃に帰れたら ...... おしなの思いはいつもそこに行きつく。
きょうもそう思いつつ、ふと見れば惣太郎は酒に酔ったのか? 前のめりになって舟を漕いでいる。

   「 惣さんたら。昔は御酒、とても強かったのに」

だが、突然の事故で死んだ惣太郎がここを訪れて来るはずはない。
おしなの目の前で寝入った惣太郎は十五年前に若いふたりが助けた王子の狐なのだった。
助けられて以来ふたりの身辺に付き添っていた狐が、今はおしなを慰めることに意を尽くしている……

おしなは、つと立ち上がると惣太郎に化けた狐の手から、箸と油揚げの入っていた空き皿をそっと取り上げ
その口の端しについた油揚げの小片をつまみあげ、ひっそり笑った。
そして、寝入っている狐を起こさないよう、とても小さな声で「ありがと」とつぶやいたのだった。
                 お稲荷さん
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やらしい 

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こう景気が悪くっちゃお大尽もシケた遊びばっかりで、アタシらも一向にパッとしません。
昼寝を楽しんでたアタシを起こして上がりこんだ参八、聞き苦しい愚痴ばっかり。
あげくに深いため息をついたそばから、金壷眼をぎらり光らせ

  「シケてると言えば姐さんの江戸日誌も濡れ場というものございませんネ。
   読んでて、こうムラッとくるような、やらしいの書けないんですかね。
   ま、そういう経験が足りてない姐さんにゃ無理ってのはアタシにも分ってるんですけど」

参八め、アタシの日誌に難癖つけやがって!あたしゃカッとなりましたネ。
「なんだってッ」と参八の襟首引っ掴んだのは当然のこと。
それから首をぐいぐい締めあげたのも当然の流れ。奴め、白目むきだしちゃって………
ま、アタシもこの世にゃ未練たらたら。それに 若い身空で刑場の露と消えたくありませんから。
往復ビンタ十発ほどお見舞いして参八を生き返らせてあげましたよ。

やらしい経験は少なくても、こういう人の命を救うといったような善行は数多いアタシ。
ゆくゆくは極楽浄土で暮らせるのは間違いなし、ってことですよネ!?
               鯉口のおせん
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むささび五郎蔵 

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ここは甲賀の下馬杉のあたり。夕暮れの道を、新八の背がみるみる遠ざかってゆく。
それを見送る五郎蔵は若い者を教導する熟練の忍者である。
新八はやる気も素質もある若者で五郎蔵にとっても教え甲斐があった。

いい風だ。久しぶりにやってみようかのう……彼奴も一刻ほどは帰ってこれまいて。

五郎蔵はふいに湧いて出た思いに我ながら驚きもしたが、異様な興奮を覚えたのも事実である。
そして、何かの欲求に取り憑かれたらしい五郎蔵の米粒のような両の目がきらきら光り始めた。
まだ二十そこそこの時に、それをやって頭領の怒りを買った五郎蔵である。
その時は岩牢に三月ほど閉じ込められただけで済んだが今度やれば命を失うことになるかもしれない……
五郎蔵は十五年前の頭領の凄まじい怒りを思い出しブルっと身ぶるいした。
が、しばらくのちには高くそびえる杉に登り、眼下に広がる草原を見おろしていたのだから素早いものだ。

枝にとまったままの五郎蔵はじっと動かない。
が、しばらくすると、その耳は闇に沈みこみつつある草原のどこかで草が異様にざわめくのを聞いた。
見れば、その草地の一ヶ所だけがひときわ大きく揺れ動いている........
たぬきか? 伊賀者か?  五郎蔵の鋭い目がそれを確かめようとしたその時、それは来た!
草原を渡ってきた風が杉の木の下から吹き上がってきたのだ。
転瞬、五郎蔵の足は枝から離れ、その体はふわりと宙に飛んだ。
並の人間なら真っ逆さまに落ちるところだろうが忍者五郎蔵はそうでは無かった。
風に乗って巧みに体の向きを調整しつつふわりふわりと緩やかに地面を目指している……

「 ケケケケケ」

飛びつつ思わず漏らしたにしては大き過ぎる五郎蔵の会心の笑い声が真っ暗な草原に響き渡った。
この時五郎蔵の脳裏に「術に溺れるのは慢心の現れ」と怒った頭領の存在は無かったのである。

と、その時ゲゲーッ 出ッ出たぁッ むささびの化物だあ……… 喚きながら 草むらから這い出した者がいた。
女は素っ裸のまま衣類を抱え込んで走り去ったが、男は這い出たものの腰を抜かしてしまっている。
この男、伝蔵のご先祖様であるのは間違いないようだ。
            いごく伝蔵
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褒美金五両 

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町名主の大磯甚右衞門に付き添われたさのは町奉行所の門を出たが、緊張はまだ解けずにいる。
甚右衞門は正装であり、さのも継はあたっているものの、きちんと火のしを当てた着物を着ている。

 「芝金杉裏三丁目 家持やそ奉公人さの六十四歳。間違いないか」

 「まことに恐れ入りましてございます。間違いござりません」

 「そのほう、やその父藤澤屋喜兵衞の代に住込み奉公するも主家没落。が同家を去ることなしに
  喜兵衞父娘を賃仕事で養い、喜兵衞の死後は身寄りもない娘やそを養育し たと聞いておる。
  しかも、そのやそに本を読み聞かせすることから始まって自ら書いた仮名の手本を与え、読み
  書きを習わせたとのこと、まことにあっぱれな行いである ..........云々......... 」

さのは『忠孝ある者』としてお上(幕府)の目にとまり表彰されたのであった。
そして、まことに感心、と褒美として五両も下されたのである。

何の気負いも打算もなく、自身の労苦をいとわず毎朝の雑巾がけのように自然に行ってきた奉公なのに
それが『表彰』や『褒美』という形となったのはさのにとって思いもかけない事であった。

甚右衞門は付き添いの大役を無事終えて一度に吹き出たらしい汗をしきりと拭っている。
が、さのは『この五両でお嬢様と一緒に芝居見物に行っておいしいものも食べて .... 』
それにしても外出を嫌うやそをいかにして外へ引っ張りだそうか ......

めでたいのう、つぶやく甚右衞門の言葉も上の空で、さのは良い案でも浮かんだのかにんまり笑った。
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