おせんの江戸日誌

江戸と平成の世を行きつ戻りつの書き散らし

夏座敷 

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平田屋の別荘は日本橋の大店や材木問屋などの別荘が多くあつまる深川の木場にある。
ところが、この平田屋の主人というのが大変な普請道楽で別荘に大工の出入りが絶えないらしい。
新しい趣向を思いつくとそれを実現せずにはいられず、改築改装も日常茶飯事となっているのだ。

さて、その平田屋が「この夏は何か涼しい座敷を作ってみたい」と思いついた。
それで考えに考えた結果が居間の天井をギヤマン(ガラス)張りにして金魚を泳がすことだったのである。
すぐさま出入りの大工が呼ばれ、ギヤマンの職人も駆けつけての大工事となった。

工事が終わるやいなや天井に水を汲み入れさせ、居間に寝ころんでそれを見上げる平田屋と幇間の参八。
参八は、ギヤマン天井のお披露目の際、より効果的に人々をアッと言わせるための趣向を考える参謀役と
して密かに呼ばれていたのである。

縁先まで入った夏の陽光が天井のギヤマンに反射してキラキラ光るさまは思った通り美しかった。
そして水が張られるといかにも涼しげで、二人とも気のせいか汗もスッとひいたような気がした。
次いで、いよいよ黒、赤、大小さまざま珍種貴種の高価な金魚が一斉に放たれた。
金魚は思いのまま泳ぎ、水は次々と波紋を描いてゆく。
ギヤマンに反射している陽光のきらめきも、その波紋につられ一層複雑となってきらめく。
寝ころんだ二人は光と波紋の綾なす美しさに見入って言葉もない......

二人は半刻(いちじかん)ほどそうしていたのだが、のろのろと起きあがると、なぜかげっそりとした顔で

「参八や.... 駄目だのう」

「ハイ、赤や黒の金魚が山ほどいるのにここから見えるのは白い腹ばかりでやんす」

そうだのう、と言いつつ力なく天井を見上げた平田屋がアッと叫んで「ふんじゃ ふんじゃ」とモゴモゴ。
ふらりと気を失いかけた平田屋が倒れつつ指差した天井を『エッ?』と見上げた参八。
その目には数多くの金魚の白い腹に混じり、長い糞が幾つもゆらめいているのがしっかり見えたのであった。
            江戸の町
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玉の緒 

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江戸町一丁目から二丁目までひっくるめて随一と評判の大上総屋の笹尾太夫に呼ばれた参八。
期待に胸ときめかせ駆けつければ、何のことはない、客がらみの相談事だったのでがっかり。
笹尾太夫ほどともなれば一晩に何人もの客が順番待ちとなるのだが、そこでおとなしく待つのが『通』
暴れたり喚いたりなどすれば、たちまち界隈中に知れ渡り、笑い者にされることになるのです。

   「で、これを見ておくんなんし」

笹尾太夫が指差す行灯(あんどん)には墨痕鮮やかなれど、かなりの金釘流で
    
    今来むと 言ひしばかりに ひとり酒 有明の月も 待てど待ちきれず と、書きなぐってあった。

それを読んで参八。オ!自分じゃ作れねえから 百人一首から取ったか!とにやにや。
この元歌は『今来むと 言ひしばかりに 長月の 有明の月を 待てど待ちいでつるかな』だったっけ?
ところで太夫、アチシは何をどうしたらいいんでげしょ。
えっコレ書いて帰っちまった短気な客に返歌してくれって!? 実はアチシ歌は苦手なんざんす。。。
けど、大事な客への義理立てならしょうがない、けど困ったな。
ムムム 百人一首には百人一首でいくか ・・・ウ〜ン でけたッ!

    玉の緒よ 絶えなば絶えね このままじゃ ヌシを思うて 弱りもぞする  なんどは、どでごんす

イヒ おわかりでしょうけど『玉の緒よ 絶えなば絶えね 永らえば 忍ぶる事の 弱りもぞする』が元でやんす。
(玉の緒)絶えてもなんて大げさとも思いましたが太夫にお褒めにあずかるとは望外の喜び .....

こうして玉の緒で笹尾太夫に喜ばれた参八だったが、その頃ももひき長屋のおせんも借りた川柳本を開き
偶然にも同じ玉の緒に『腹の皮がよじれそう』と、足をバタバタ裾を乱して大喜びしていたのであった。

    玉の緒よ たえなばたえね 鰒(河豚:ふぐ) が好き
                         落款
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同じツボ 

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鶴田屋嘉兵衛がここまで地口(シャレ:言葉遊び)にはまると、誰が思ったろう。
誰も思わなかったに違いない。

誰もいないところで他所で聞いた地口を思い出してはウヒウヒ笑っている内は、まだ良かった。
だが、この病は急速に進行し、行きつくところまで行っても治らない......

今夜は菓子組合の寄り合いがあり、今しがた終わったばかり。
二次会はお定まりの芸者遊びということで早々に退散した嘉兵衛はとにかく早く一人きりになりたかった。
重要な案件の最中に誰かが言った『わらぞうり』の言葉が嘉兵衛を苦しめていたからである。

そんな嘉兵衛の袖を路地の暗がりから手を伸ばして掴み、引っ張り込んだ者がいる。
それは、寄り合いが終わるといち早く帰った筈の宇津屋善兵衞だった。
宇津屋は表情も乏しく無口で、組合の案件にも首を縦か横に振るだけで意志を表明し、思案が定まらぬ時
はじっとうつむいているような男である。その宇津屋が

   「鶴田屋さん、芸者はお嫌いですか」

   「エ、ハァ。 娘が芸者やってましたから どんな芸者もションベン臭く思えましてネ」

   「それは何より。実はとてつもなくおもしろい遊びがあるんですが今度どうでしょう」

無口な宇津屋が喋ったのも驚きだが、堅物そうなのに『おもしろい遊び』とは油断ならない男かも。
イエ結構ですと背を向けた鶴田屋に、後ろから宇津屋が「 まらぞうり」と一声あびせた。

   「春菓堂さんの言った『わらぞうり』でそう思われ笑いをこらえなさった。アタシも一緒です。
    誰も気づかなかったがアタシは気づいたんですヨ。それにしても鶴田屋さんが同好の士とは
    意外でした。組合仲間きっての謹厳実直の強面(こわもて)居士ですからねえ。フフ」 
     
牛は牛連れ、馬は馬連れと言うじゃありませんか。私が行ってる面白話の集まりに来ませんか。
自分が作った話を皆に聞いてもらえて心置きなく笑う。そりゃ面白くて楽しいものですヨ。
今度は池之端仲町の指物師の家に集まるんですヨ。

面白話の集まりまであと三日、家の寝床で嘉兵衛は指を折って数え、イヒヒと笑った。
           鶴田屋嘉兵衛
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