おせんの江戸日誌

江戸と平成の世を行きつ戻りつの書き散らし

栄助の禍福 

栄助は幇間の中でも半人前で大して芸があるというわけではない。
ところがこの栄助は若いのに気が利いており遊客の機嫌をとるのが上手かった。
それで遊客連中は皆が「栄助 栄助」と可愛がり、祝儀を惜しまなかったので、一日の仕事を終えて
家路をたどる栄助の懐がずっしり重いのは珍しいことでは無かった。

さて、この夜も日本橋の茶屋に集まった旦那連中が栄助を呼びにやったのだが、使いの者が
帰ってきて言うには、今夜は他の座敷に出かけているという事で待っていた旦那連中は失望した。

  「どうもあいつが来ないと座敷が陰気だ。芸は無いけれど可笑しい奴だからねえ」

  「そうそう。口がうまいし、万事に調子がいいからネ」

旦那たちが口々に栄助を誉めるものだから、酌をしていた女中がその尻馬に乗って

  「ほんとに栄助さんは感心な人ですよ。旦那。近所じゃ親孝行で評判の人ですからねエ。
   あたしゃあの人の近所ですからよく知ってるんですヨ。エエ。
   お座敷の帰りにはいつもおっかさんに土産を買って帰るし、外遊びなんてとんでもない。
   それに家ではおっかさんの肩を叩いたり家の用事も骨身を惜しまず ......云々........... 」

誉めたてたので、旦那連中がシーンとなった。若い時から毎夜のように遊んできた自分たちは栄助とは
真逆の不孝者だった。そう思うとさっきまでの美酒もなんだか不味く思えてき、旦那連中は早々に引き
揚げたものである。
そして、栄助の親孝行ぶりが夜の街の隅々まで伝わりきった頃には、誰も栄助を呼ばなくなっていた。

こうして親孝行が仇となり、とんだ不景気に見舞われた栄助だったが、実は良いことも次に待ち構えていた。
根津権現近くの料理茶屋『松長』の主人が栄助の親孝行話を聞きつけ、これだ!と我が膝を叩いたのである。
松長の十八になる一人娘ちえの婿に、なのである.... 栄助の母親も引き取ろう、なのである .....

栄助の朋輩だった幇間達は、松長の婿となった栄助を『逆玉の栄助』と呼んで、いつまでも羨んだらしい。
            目がまわる

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おちつけ 

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口をパクパクさせつつ飛びこんできた八五郎が、熊五郎の差し出す柄杓の水を一息に飲み干し

 「じ、じじ 常念寺のハァハァ お、和尚がハァハァ し、し死んじまったってよお」
 「なんだって!? きのうおいら昼前に道で会ったが、和尚、随分元気な様子だったぜ」
 「だ、だから俺も ハァハァ 驚いてるんじゃねえか。木魚たたいてて、ぽっくりだとヨ」
 「ポクポクやっててぽっくりか。で、ところで和尚はいつ死んだんだよう 八」

まだ息を切らしている八五郎をせっかちに問いつめる熊五郎。
その大工仕事で鍛えたいかつい肩を、後ろからぽんぽんと叩いた熊五郎の女房が

 「けさに決まってるじゃないか! なぜってかい? そりゃ坊主だもの」


面白話しの集まりは三千石の旗本である青木甚太夫の屋敷の離れが提供され、大いに盛りあがった。
なかでも一番笑いを取ったのが、青木の『ぽっくり坊主』だったのである。
誰もが腹を抱えて笑い、人に能面と仇名されている宇津屋など、危うく顎を外しそうになったほどだ。

「あの『けさに決まってる』というのが近ごろ流行り始めのオチというものらしいですな。勉強になります」

帰り道、他人の評に熱心だった宇津屋が「あ、鶴田屋さんのも、とてもおかしかった!」と言った途端、
嘉兵衛は顔を真っ赤にし、「それでは、これで」と言うや着物の裾をまくって猛然と走り出した。
大店の旦那らしい風体の人物が裾を尻からげにして走って行くのを人々があっけにとられ見送っている。

実はきょう、まだ見学気分でいた嘉兵衛は、まさかと思っていたのに前に引き出されてしまったのだ。
新入りの嘉兵衛を食い入るように見つめる、人、人、人。
その時なぜか脳裏に今は亡き先代の鶴田屋、つまり父の顔が浮かび、その逸話が思いだされたのである。
そして、すっかり観念した嘉兵衛は居並ぶ人をギョロ目で見渡し、充分な間を取ったあと重々しい口調で
「南蛮人を六度見たオヤジ」と言ってニヤリ。しかし、なぜかそれだけで皆は大笑いしてくれたのだった。
しかし嘉兵衛にとって、その一席は無かった事にしてもらいたいほどキツイ威力があったに違いない。
                鶴田屋嘉兵衛
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