おせんの江戸日誌

江戸と平成の世を行きつ戻りつの書き散らし

闇から棒 

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永代橋の中ほどまで歩んだところで岩崎栄之進は立ち止まった。旅姿である。
橋は月に煌々と照らしだされているが、深夜のことでもあり他に人影は見えない。
栄之進にとって、長崎に行ってかれこれ二年ぶりの江戸であった。
目ざす八代屋の寮は橋を渡ってすぐの一の鳥居近くにある。

これを渡せば八代屋との悪縁がきれる。やっとだ。これで菊江どのと天下晴れて夫婦になれる。
栄之進は微笑みながら懐を探り、指先は金包みに触れた。これではない、もう一つのほうだ。
が、いくら探しても懐深くおさめた筈の小さな包みは無かったのである。
   落とすはずはない。橋を渡り始める直前まではあったのだ。
   大変なことになった。あれをなくしたとなると八代屋はただではおくまい ......
橋のたもとまで戻り、落ちてはいないかと探す栄之進の痩せこけた頬を秋の風がなぶってゆく。
そして間(マ)の悪いことに雲が月を隠してしまい、あたりは墨を流したような闇が広がっている。

   「岩崎様 こんな所でどうなさいました。お探し物ですか。寮で村上様がお待ちかねです。
    ァ ・・・ まさか割り符をなくされたのではないでしょうね」

地面に這いつくばるようにして包みを探していた栄之進の頭上から声が降ってきた。
見上げると、それはまだ長崎に居るはずの八代屋で、その片手には太い棒があった。

   「あれは抜け荷に使うもの。お上の手の者に落ちれば、八代屋は終わりです。
    そうなれば一蓮托生ですが、その前にあなた様には死んでいただくことにしましょう」

言い終わらぬうちに八代屋が振りおろした棒を栄之進は防ぎきれなかった。
八代屋はもとは武士だったという噂のある男で、棒の動きはその噂を裏付ける鋭さを持っていたのである。
散々に打ち叩かれた栄之進の意識の最後に、自分を待っているはずの菊江の白い顔が浮かび、そして崩れた。

ガバと身を起こした栄之進の顔をまた太い棒が直撃した。が、今度は難なくそれを避けることができた。
寝相の悪い女房殿じゃ。とっさに避けて掴んだ妻の脚をそっとおろして栄之進は苦笑した。
閨ですらつつましい妻の菊江だが、寝入ってしまうと人が変わったようになるのである。
栄之進の防御術は日々上達しているが、もちろん他にその攻防を知る人はいず、菊江自身も知らない。
                笹
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桃色草紙 

参八の挑発に、うまうまと乗って『やらしい話』を書くということになっておりましたが
簡単に書けるはずもなく、どうしよう.....と思っていましたが待ってる方のためにも!と、
脂汗流しつつ苦心惨憺ながら、ようやく書きあげることができました。
それが今回掲載の『後家ころがし』という話。『やらしい』と思います。 たぶん。
これは ひょっとすると、当節はやりの十八禁にあたるかもしれません。
けれど、なかには

   「そんなの読みたかねえ」
   「やめておくれな」

などと思う御方も、多くいらっしゃることでしょう。
そんなわけで            
読みたい方のみ『続きを読む』をクリックし、先にお進みくださいまし。
ただ、先に進んだ方も過剰な期待は禁物、がっくりくるということもございましょうから。

ところで、肝心な『続きを読む』が表示されないケースもございます。
ということで、読みたくない方は 以下、後家ころがし本編となりますので御用心を
                         としま

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ふしぎ男 

湯屋に行って参ります。という朝松の声に、主人の勘兵衛は「長湯はいけないよ」と答えたのだが
戸が閉まった途端、ふふと笑った。奉公人の中でも朝松の風呂好きは群を抜いているからである。

 長湯が過ぎて、あいつ湯に溶けたんじゃないか? だったら ざる持ってって、すくわなきゃ。
 いや体がふやけてデカくなったから、きっと ざくろ口を通れないんだろうヨ。

番頭と手代のそんな掛け合いを思い出し、勘兵衛がまたヒヒと笑った時、表の戸がホトホト鳴って
ただいま帰りました、と朝松の声がした。
朝松はさっき出かけたばかりである。まだ湯屋に着くか着かないかの、そんな時刻である。
不審に思った勘兵衛が戸を開けると、そこにはまぎれもない朝松の姿があった。
ただ、朝松は出て行った時の姿とは大違いの、杖を手にした旅姿。持っていた藁包(わら包み)から

   「旦那様、半年のあいだ留守にしまして申し訳ございませんでした。これはお土産です」

自然薯を取り出し、勘兵衛の前に差し出してきたので「どこへ行っていたのだ」と調子を合わせると
ハイ、秩父山中でございます。あちらの御主人様が「そろそろ江戸に返してやろう」と申されました
ので、旦那様への御土産にこの薯を掘ってまいったのでございます。と、思いもかけぬことを言う。

半年前に秩父へ行ったといっても、このお店から朝松がいなくなったという事は一日たりともない。
現に、さっき湯屋へ行ったばかりじゃないか .......
腑に落ちない勘兵衛に「旦那様お先に休ませていただきます」と、朝松は自分の寝間に入ったのだが、
勘兵衛は、あまりの不思議に寝るどころの騒ぎではない。

そして、湯屋に行った『もうひとりの朝松』は、ついに帰ってこなかったのである。
             店先
               ドッペルゲンガー(Doppelgänger)
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夜光芝居 

西の空が赤く染まり、茜色の雲がいくつも浮かんでいるのが見えた。
日は沈んでも、この浅草奥山のあたりはまだ薄明るく、行き交う人々の顔もはっきり見える。
そして、さっきから何組もの親子連れが双助の前を急ぎ足に通り過ぎていく。

  すっかり暗くなっちまう前に連れて帰る気だろうが、そうはいかねえ

子どもをつかまえるなら今だ。双助は地べたにおろしたばかりの道具を組み立て始めた。
木の枠に紙を貼ったものを、二本並べて立てた支柱に固定し、枠から下は黒い布を垂らした。
そして木枠の紙面に向けた龕灯(がんどう:現代の懐中電灯みたいなもの)に火を入れた。
隣の飴屋に親子連れが二組いるのは、さっき確かめてある。
双助は黒布の後ろにしゃがみこむと、大きな声で、コーン!と鳴いた。
そして拍子木をカチカチカチと鳴らし、また コーンと鳴いた。
黒布の後ろにいても、ザワザワと人が集まってくる気配がわかる。

双助が右手で狐の切り絵を差し上げると龕灯からの光線で紙面に狐の頭部がくっきり映った。
そして続けて左手で狸の姿を映し出すと、子ども向けの『化けくらべ』の影絵芝居が始まった。

双助の影絵が子どもに人気を呼んだのは手で形作った影絵でなく、切り絵を使ったこと、それが
立体的でしかも美しいものだったからである。
たとえば狐が娘に化ける話なら、その双方の姿を同じ大きさで作り、中央に切り込みを入れて
真上から見れば十文字になるよう串にはさみこむのである。
紙面に娘姿が映し出された時、狐の姿は光源に対して平行となっているので映らない。
そして狐の姿に映し替えるのも一瞬にしてでき、その早変わりは画期的と云ってもよかった。

子どもらが帰ったあとだが、そこは商売、大人向けの艶っぽいものを抜け目無く用意していたので
これがもとで、双助はお座敷に頻繁に呼ばれるようになったという。
          狐
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