おせんの江戸日誌

江戸と平成の世を行きつ戻りつの書き散らし

わがまま花魁 


明け六ツに客を見送ったあと、ちょいと寝たいのに何故か眠れない吉原は大上総屋の笹尾。
それで若い者景吉に幇間の参八を呼びに行かせることにしました。
眠れないのなら、いっそ参八のおしゃべりで暇つぶししたほうがまし、という思惑だったのです。
ところが参八は現れず、景吉が大汗かいて帰ってきただけなのは笹尾にとって予想外の展開でした。

 「参八さん、洒落のめした格好で出かけたらしいんで ... 行った先は女の所じゃないですかねえ」

言ったとたん、知りもしないことをうかつに喋っちまった ....景吉は後悔しましたが時すでに遅し。
可愛がっている猫の黒丸、その肉球をプニプニと押して遊んでいた笹尾でしたが、それを聞いたとたん、
その美しく白い顔のこめかみあたりに青筋が太く浮かび上がり、見る間にヒクヒクし始めました。
黒丸は飼い主の気配をすぐに察したらしく、アッと言う間に廊下へ走り出てゆき、逃げ遅れた景吉は
廊下で思わず尻を浮かせ 後じさりし始めています。

吉原でも三本の指に入るという美女中の美女笹尾、その美貌と教養の影に隠れた嫉妬深さとねちっこさを
大上総屋で働く者なら誰しもが知っているし酷い目にあっているからなのです。

もちろん笹尾にとって参八は呼べば飛んでくる便利な男、別に惚れているわけではありません。
ほいほいと飛んで来るべき男が来なかった、だからこそ笹尾の自尊心が傷ついたのです。

哀れむべきは笹尾に参八のきょうの行き先と日頃の素行を調べるよう命じられた景吉。
泣く子も黙る遣り手婆さえ一目おく怖い花魁に逆らえるわけが無いのです。
が、果たして花魁笹尾の満足を引き出せるのか景吉 .....
                  赤い実
                   
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いけいけ一笑連 


鶴田屋が参加し始めた頃の『自作:面白話』の会は、まだ出来て日も浅かった。
名称は誰が言うともなく『一笑連』というものに落ち着いてはいたけれど。

集まりは不定期で、自作の滑稽話を順に口演し合い腹を抱えてひとしきり笑ったあとは、作った本人の
気分を害さないよう気を使いながらおずおずと批評をする、といった具合だった。
それがここへ来て俄然変わってきた。笑いに積極的あるいは貪欲になってきたと言うべきかもしれない。
なまぬるい雰囲気に飽き足らなくなったのか、まず三千石の旗本である青木甚太夫が口火を切った。

 「せっかくの同好の士の集まりじゃ。芸(滑稽話創作)を磨くに遠慮なぞ要らぬ。互いに切磋琢磨し
  一笑連の内々はもちろん、世に出しても大笑いされるようなものを作りたいものじゃ」

青木の言葉に連衆のほとんどが賛成したのは常々同じ気持ちを抱いていたからに他ならない。
この一笑連の顔ぶれは大名こそいないが中・下級の武家が中心で、残りを上・中流の町人が占めている。
上や中の町人は大店の主人などで、毛色の変わったところでは湯屋の親爺や印判師、指物師などもいる。

結果、連衆の意見は一致し核心をついた批評講評は多いに奨励となったわけだが、オマケも付いてきた。
作者の口演についてである。自作の口演といっても人によって上手下手がある。上手い者はいいのだが
下手な者にかかると、いくら面白い話でも聞く者にとっては笑うどころかアクビさえ出かねないのだ。
そういった下手な者には代演の者を用意しても良い、というのがオマケである。
商売以外の場で人前で話すのは大の苦手、そのうえ話下手でもある鶴田屋嘉兵衛は喜んだ。
代演というオマケが本決まりになった瞬間、嘉兵衛の頭の中に、幇間の参八が招き猫の様な手つきをして
オイデオイデをしているのがハッキリ見えた、らしい .......
                   家
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