おせんの江戸日誌

江戸と平成の世を行きつ戻りつの書き散らし

堅い女 

清元の師匠梅三津から盗賊に入られたという訴えがあったのは、大川に花見舟も見かけなくなり
上野飛鳥山あたりの桜木が葉ばかりになった頃のことであった。

  「おやぶん、あの女 やられたと言ってましたぜ。詳しく聞いたほうが良かったんじゃ ... 」

梅三津の家を出てすぐ伝五が言ったが、矢七は「それにはおよばねえ」と、鼻で笑った。
春先から江戸中を震撼させている侍姿の盗賊は、押し入ると刀を抜いて脅しをかけ金を出させる。
それでその賊を誰ともなく侍小僧と呼ぶようになったのだが、この侍小僧は女癖が悪かった ......
押し入った先に好みの女がいれば、必ず けしからぬ行為に及んでいる。

  「伝五、おもちゃにされた女達を思い出してみろ。色気はあっても身持ちの堅い女ばかりだ。
   だが梅三津は違う。あいつは自分から誘う女だぜ。見栄がからんだ狂言、まず間違いねえ 」

あの夜、梅三津は賊が刀を抜いた時それが今評判の侍小僧だと確信し震えた。喜んだと言ってもいい。
金ばかりか美しく色気のある女の貞操まで盗むことで評判の侍小僧に襲われる .... 自分の美貌と色香に
自信を持ち、しかも男好きな梅三津は侍小僧を待っていたのである。
だが、侍小僧は梅三津の寝着の裾を刀の切先でゆっくり持ち上げた時、足をすぼませた女の顔に一瞬
歓喜の色が走ったのを見逃さなかった。それで興ざめした侍小僧、金だけ盗って逃げたのであった。

  「姿のいい、キリリとしたいい男だった .... 」

座敷の長火鉢にポンと煙管の灰を落とし、ホゥッとため息をついた梅三津。
その庭には何かをおびき寄せるまじないなのか。あれ以来毎日、朱色の腰巻きが干してあるのだが。
                           おふさ
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人さらい 


外に出ちゃいけないヨ。それに知らない人と話してもいけない、連れてかれるからネ。
母親のおくめのいつもの念押しにもかかわらず、小はるは家の戸を開けた。
長屋の路地に入ってきたらしい風車売りの声に惹かれたからである。

五年ほど前、小はるを連れてこの長屋に移り住んだおくめはすぐ通いの女中奉公を始めた。
そんな貧乏人の子どもをさらっても身代金など取れはしないのだが、子どもの容姿がよければ
話は別、金をだしてでもと欲しがる人はいくらでもいるのである。

ここで風車は売れないとみて荷をかつぎなおした風車売りは、家から出てきた小はるに気づき
ポカンと口をあけた。
はきだめに鶴と評判のおくめにそっくりの小はるなのである。
男はかついでいた荷を急いでおろし、近寄ってきた小はるに風車を渡しながら
 
  「ひ、ひ、ひ ひさしくあわねえうちにだいぶ背が高くなったなあ。
   む むかし羅漢サンに連れて参った時にゃ まだ赤ん坊だったのに よぉ ..... 」

言う声が震えている。
桶職人だった久三は江戸に帰るとすぐ以前住んでいた家に向かった。
だが長屋は更地になっており女房と赤ん坊の行方はいくら探しても知れなかった。
それからずっと風車を売りながら探していた我が子が目の前にいる ....
酒に酔って喧嘩相手を半死半生の目にあわせた、その刑罰は四年の江戸払いですんでいる。

下駄の音が、しゃがみこんで泣いている自分の背後で止まり「小はる何して」と言いかけた
女の声が嗚咽に変わっていくのを、久三は夢の中にいるような気持ちで聞いていた。

                    でんでん太鼓
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