おせんの江戸日誌

江戸と平成の世を行きつ戻りつの書き散らし

川柳おやじ 

大家といっても幸左衛門は鶴田屋の家作管理や諸手続きを任されただけの雇い人なのだが、その朴訥で誠実な
人柄から長屋の住人達からおおむね好感を持たれている。ただし彼の作る下手な川柳を除いての話だが。

店賃を納めにきた平吉は支払いが終わっても帰らず、行商の先々で仕入れた世間話を始めた。
戸板組という珍商売の事や下田屋の五十後家の丑の刻参り、貧乏寺から雨戸が盗まれた、そんな話である。

 「めぼしいものが無いからといって雨戸を盗むとは素人よりひどい。お 一句できましたよ。
      こそ泥は 雨戸かついで にげきれず ..... ウッヒッヒ どうだね平吉さん」

が、ちょうどそこへ幸左衛門の女房が帰ってきたので、平吉は感想を言わずに帰ることができたのだった。

 「おすえ、今度こそ本物の幾世餅を買ってきたんだろうね」
 「あたりまえですよ。けど小松屋に入るのも順番待ちなんですから買うまでが一苦労でした」

宝永元年、西両国広小路北側の小松屋喜兵衛方から売り出された幾世餅はたちまち大評判をとった。
すぐに幾代餅や幾夜餅など偽の『いくよ餅』があちこちで出回ったが、その人気は江戸だけでおさまらず、
大坂でも幾世餅を名乗る店が現れたというのだから凄まじい。
しかし模倣品乱立のおかげで小松屋のものは箔がついた格好になり、予約を入れて二日待ちのありさまだし
飛び込みだと行列覚悟でないと買えないほどになっている。

      二匹めの どぜうはいたか 幾世餅 ...... ブホッ こりゃいいのがでけた

好物の幾世餅を頬張りながら下手川柳で遊んでいた幸左衛門、そこである事に気づきギョッとなった。
さっき平吉が言った、橋向こうの貧乏寺に押し込んだ泥棒の目当てが初めから雨戸だったとしたら ....
そう思いあたったからである。
稼ぎのいい戸板組というドジョウの二匹め、三匹めを狙う不届き者がいないはずがない。
もしウチの長屋の戸板が盗まれでもしたら ....... クビ?

不吉な予感に全身が硬直した幸左衛門の手から幾世餅がポタリと落ちた。

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