おせんの江戸日誌

江戸と平成の世を行きつ戻りつの書き散らし

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ずぶずぶ 


鈍い灰色の、重く垂れ込めた雲間から日は射しているが、それは弱々しいもので池を渡る風はあくまで冷たい。
そしてその風が強くなってきた昼八つ過ぎには不忍池の周りに人は誰もいなくなってしまった。

いや、よく見ればさっきまで鴨に餌を投げ与えていた男だけは岸辺にしゃがみこんだままである。
そしてその男の肩がさっきから小刻みに震えているのは寒さのせいばかりでなく、彼が

   「死ぬはずの池で気が揉めの吉祥寺だと ....... クックック ヴワッハッハ 」

あたりに人気(ひとけ)のなくなったのを確かめてから爆笑したことで、笑いを堪(こら)えていた為と知れる。

実はその男、江戸では名の知られた菓子屋の主人で名を鶴田屋嘉兵衛という。
そんな大店の主人が何故こんな所にいるのかと言えば、黒門町の売り店をのぞいた帰りに気まぐれに寄っただけで
あって、懐にあった麩菓子を鴨にやり終えた後も動かずにいたのは後ろに人がいたからなのである。

というのもさっきまで自分の後ろでいちゃついていた男女の地口まじりの会話を小耳にはさみ、それが可笑しくて
笑いたいのに笑うこともならず、男女の顔を見てしまうと吹いてしまいかねないので帰るに帰られず、二人が去る
まで耐えていたという深くて実にくだらない訳があったからなのだ。

つい最近地口(じぐち:洒落)に目覚め、近ごろではもっともっと面白くて気のきいた地口を聞きたい、そんな
思いが強くなってきている嘉兵衛、店に来た客同士や道行く人々の会話に耳を傾ける妙な癖もついてしまい、当人
の自覚が無いだけに、この病いは相当重いところまで来ているのかもしれない。

ひとしきり笑った後『さて、一つ自分でも気のきいたのを言ってみたいものだ』と思いつつ勢いよく立ち上がった
つもりが、長い間しゃがんでいたせいで痺れてしまった足がよろめいて方向を誤り、そのまま池にずぶずぶと踏み
込んでしまったものだから、さあ大変。
やっとの思いで岸に上がった嘉兵衛だったが震えつつもなぜか満面に笑みを浮かべ、嬉しげに言い放ったものだ。

             「 とんだ目に 太田道灌 ! 」                                     鴨
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               浅草伝法院通りの地口行灯
          夏の武士
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コメント

クックック ヴワッハッハ 

なんともオカシイ(笑)。
う~む、こう話が繋がりましたか(一話完結ですが)。
鶴田屋さんも相当妙な人ですね。伝蔵さんと並んで気になる人です。
おせんさんもどんな顔をしていたのでしょうか。

「とんで湯に入る夏の武士」上手い、座布団一枚。

千鳥道行 #- | URL | 2012/12/09 21:21 * edit *

座布団おねだり


> う~む、こう話が繋がりましたか(一話完結ですが)。
   これは錦絵の裏にひそむ漫画絵です。
   人生はシリアスと滑稽のあざなえる縄のごとし ......?

> 「とんで湯に入る夏の武士」上手い、座布団一枚。
   ずぶ濡れの嘉兵衛さんの初駄洒落にも座布団のお恵みをお願いします。
   それと下帯も。。。。。

おせん #- | URL | 2012/12/13 05:17 * edit *

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