おせんの江戸日誌

江戸と平成の世を行きつ戻りつの書き散らし

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けなげ与一郎 

大店の惣領(そうりょう:あととり)の与一郎は悲しい。
わけもなく悲しい。

ただし、わけもなくというのは与一郎が思いあたらないだけであって、本人が気づかぬながら
地に足がついてない暮らしの虚しさがその胸に寂寞の感を与えているに過ぎない。

親や店の金をくすねては、ある時は岡場所に遊び、ある時は吉原に居続けもした。
さすがに賭場への出入りはしていないが、野だいこ引きつれての芸者遊びも散々にやってきている。
そんな与一郎、いわゆる放蕩息子ということになるのだが、

   「深川の流れは絶えずして しかも元の舟にあらず。
    明け四ツの拍子木は店者(たなもの)の足を早め(深川)八幡のぢゃんぢゃん(暁の鐘の音)
    オイラの胸にこたえる。。。
    染井のつつじは浅草の梅漬けに色を奪われ、萩寺の秋には宮城野(みやぎの)のさかりをうつし
    らかん堂に螺堂(さざいどう)高く、百番の札所を開いて巡礼遠路歩行の足を速める ...... 」

などと、遊んでも楽しめない気分になってきている。
きょうもきょうとて芸者あげての遊びが何とも虚しく思え、早々に切り上げての帰り道で

 近ごろじゃ芸者遊びもつまらなくなっちまった
 巡礼遠路歩行の足を速めるどころか、このままじゃどこ行っちまうんだか ・・・
 いつまでも遊んでばかりじゃ .....

などと親が聞いたら赤飯炊きかねないことを酔った頭で考えている。
                                千鳥 青緑
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