おせんの江戸日誌

江戸と平成の世を行きつ戻りつの書き散らし

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若殿 


治平衛は師の代理として大名屋敷におもむき、藩士たちに稽古をつけることが多かった。
その稽古先のなかに小野藩の屋敷があったわけだが、そこの殿さまは非常に剣術を好んだ。
参勤交代で播磨から江戸に出仕すると暇を見つけては藩士の稽古場に姿を現すこともめずらしくない。
ま、そこまでは良かったのだが、そのうち七才になる我が子市介にも

 「赤山殿に、ぜひとも御教導ねがいたい」

などと口にするようになったものだから治平衛は困惑もし、恐縮もした。
堀道場の四天王だの竜虎だのと人に言われはしても『いずれ藩主になる御方に剣術』をどのように教えて
いいものか見当がつかないし、「まだ修行中の身なので」と断ったのだが殿さまはあきらめない。
道場主の堀宗伝に働きかけ、とうとう押しきってしまったものだ。
それで心を決め、若殿市介の剣の上達よりも『体と精神を鍛える』ことを主眼に稽古をつけることにした
のだが、市介はなかなかに熱心で治平衛とも気が合い、この稽古は市介が二十一で藩主になるまで続いた。

それから二十年。
その後堀道場の後継者となった赤山治平衛であったが今は身を退き、隠居の身となっている。
もちろん剣術を人に教えることも無くなり、持て余さんばかりの時間を菜園と囲碁にさいている治平衛だが、
数ある弟子のなかでも市介殿はワシにとって特別な弟子、懐かしいのう ・・・と、折りにふれ思う。
  
その特別な弟子の市介、今は播磨小野藩の第六代藩主となった一柳末英から『近々お会いしたい』と屋敷に
招待されたものだから、このところの治平衛はその日がくるのが待ち遠しくてならないでいる。

          江戸の地図
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