おせんの江戸日誌

江戸と平成の世を行きつ戻りつの書き散らし

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斬夢 


闇夜のはずなのに五間ほど先の永代橋のたもとに男がうずくまっているのがはっきり見えるのは不思議だ。
木田申次郎(きだ しんじろう:十八才)は、すでに父の形見の名刀竹田左文字の鯉口を切っている。
近づく申次郎に気づかぬのだろうか、男はぴくりとも動かない。 だが油断してはならない。
そやつが岩崎なら彼は居合術の名手、申次郎の放つ殺気をすでに感知しているに違いないからだ。

案の定 男は亡き父の仇、岩崎栄之進だった。
たもとで男に「岩崎殿か」と問いかけるや、すかさず白刃の一閃(いっせん)が申次郎を襲ったのだ。
殺気を消して近寄る申次郎に岩崎はすでに気づいており、間合いをはかるとしゃがんだまま抜刀したのである。
岩崎恐るべし。その剣は正確に申次郎を襲った。が、申次郎の抜刀のほうが一瞬早かったようである。
走り抜けながら振るった申次郎の剣は相手の頸動脈をはね斬り、岩崎はその一太刀で絶命したのだ。

申次郎は父甚乃助に七才の頃より剣術の手ほどきを受けており、父は今枝流の名手であった。
が、手ほどきといっても子ども相手とは思えぬほどの凄まじいもので、当時の申次郎の体には傷やあざが絶えず、
木田父子の稽古は誰が見ても、手ほどきなどというような生易しいものではなかったのである。

見事仇を討った申次郎が亡き父との稽古を懐かしく思いだしつつ永代橋の中ほどまで歩んだところで、背後から
あえぐような「よ、く、も、殴ってくれたな」と言う男の声が追いかけてきた。・・・・ 岩崎だ!
い、岩崎はまだ生きていた! が、殴ってなどいない。斬った。これで確かに斬ったのだ。
申次郎は腰の竹田左文字をすらりと抜いた。が、抜いたそれは左文字とは似ても似つかぬ木刀ではないか。
このようなことがあっても良いのだろうか?茫然とする申次郎。
そこへいつのまにか いざり寄って来ていた岩崎が、骨に皮が張りついただけのような双腕を伸ばし、申次郎の
両足首をこの世のものとも思えぬ力で掴み「また 殴る気か」としわがれた声で言った。
見ると岩崎の首は半分ぶらさがっており、半開きの口からは赤黒い血がどくどくと流れ出している・・・ 
そこで申次郎は「ウワアーッ」と叫んで飛び起き、周囲をきょときょと見回した。
台所からは母の朝餉の支度をする音が聞こえてくる。それで、あ、夢だったのかとようやく気づいた申次郎。
素早く起き上がると手早く身支度を済ませ、家を出て父の待つ稽古場へと一散に走った。

浪人木田甚乃助は深川熊井町正源寺裏にある一戸建ちの平家に妻子と三人で暮らしている。
ゆえに稽古場といっても家の隣に広がる草地ではあるが、近ごろの申次郎の剣の上達はめざましいらしい。
                         名刀
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