おせんの江戸日誌

江戸と平成の世を行きつ戻りつの書き散らし

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
trackback: -- | comment: -- | edit

数寄屋河岸ぶるうす 


浅草奥山の、とある小屋から出たばかりの九平、ちょっと情けない顔つきになっている。
九平が出てきたのは、代金がひとり十文の大穴子(おおあなご)の見世物小屋である。

大穴子といっても品川の鯨ほどは、まさかあるめえ。
いや、わかんねえぞ。などと、九平いささか興奮気味で入ったわけだが ......
そこで九平が見たのは小屋の中に広く浅く掘られた穴にちょこんと座ったひとりの子どもだった。

  「 大穴 ....... 子 ?」

おりしもちょうど昼時で、洟をたらしたその子どもは握りめしにかぶりついていたものだ。
もちろん穴子など影も形もなかったのである。

久しぶりの休みで、きょうはいま流行りの天婦羅蕎麦を食べるつもりだった九平、懐にはわずか二十文しか
残っておらず、二十五文する天婦羅蕎麦には手が届かない。

 それにしても腹が減ったな。さっきの十文だけでも豆腐田楽が五本は食えたのになあ。
 ああもう腹が数寄屋河岸で目が丸屋町だい。
 ええい、もう。小汚い店だがここで、めしとのっぺい汁でも食べよ .....

が、しかし
ふらふらと『だいこ屋』に入った九平は、このあと世にも不味い昼めしを食べることになるのである。
                   目がまわる
にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ
thread: 花の御江戸のこぼれ話 | janre: 小説・文学 |  trackback: -- | comment: 2 | edit

コメント

とぼけていて、可愛い

「子供が握り飯にかぶりついていた」というのが良いですね。久平の目をまわした顔も気に入っています。
しかし、大穴子とは・・・。大鼬なら聞いた事がありますが。
興行師、あの手この手ですね。

千鳥道行 #EBUSheBA | URL | 2013/03/07 19:46 * edit *

大アナゴも大イタチも

大アナゴも大イタチも、何だか洒落の具現化みたいな気がしてます。
オチの出来が良いケースだと『ほほう』『そうくるか』と感心します。
でも実際に自分が見世物小屋に身銭きって入った場合だと、やっぱり
感心するよりトホホな気分か、『金返せ』みたいな心境になっちゃうかな?
どうも、そんな気がする......

おせん #- | URL | 2013/03/08 05:20 * edit *

コメントの投稿

Secret

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。