おせんの江戸日誌

江戸と平成の世を行きつ戻りつの書き散らし

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みめぐり稲荷 


初め、芸者玉吉にとって沼田屋の若旦那惣太郎は上客のひとりに過ぎなかった。
だが惣太郎にしてみれば、玉吉に出会ったその刹那いきなり雷に打たれたような一目惚れだったのである。
一緒になりたいと思いつめ、なんとか玉吉の気を惹こうと花見や舟遊び、月見や雪見は序の口で、除夜に
王子の狐火を見に行こうなどと言い出す始末であった。
この狐火見物の道中で罠にかかった狐を見つけ、ふたりして助けたのも今は懐かしい思い出である ……が
もちろんそんな風に遊ぶばかりでなく、惣太郎は自分の親や親戚の長老など熱心に説得したのである。
その甲斐あって玉吉の沼田屋嫁入りが決まったのだから惣太郎の喜びようはひとかたならぬものだった。
だが、思うようにならないのが人の運命(さだめ)、玉吉と惣太郎には悲しい別れが待っていたのである。

そして年月は駆け去るごとくに過ぎてゆき、ある夏の夕暮れ時。
向島の三囲稲荷の社内にある茶店の女主人おしなが店先で晩酌を楽しんでいる。
社内の風にざわざわと揺れる梢や、暮れなずむ空を眺めつつ飲む酒は何より旨い。
仕事終わりの酒は、玉吉と名乗っていた頃からの、おしなの欠かすことのできない楽しみであった。
そしてこの日、そんなおしなのところに訪ねてきた人があった。

   「 おや!惣さん。これはまた嬉しいことだ 」

十五年も前に別れた惣太郎が訪ねて来るようになったのはここ半年ほどのことである。
それをおしなは何のこだわりもなく迎え、酒肴の用意をする。
意外なことに、惣太郎もにこにこと肴を口に運び、酒をちびちび飲み、ふたりの顔に悲痛の色は見えない。
その半年間、思い出話にうち興じるふたりの最も熱の入る話しは王子近くで狐を助けた時の苦心惨憺話で、
その話になるとふたりの目には涙が浮かび、やがていつしかふたり共に無言になるのが常であった。

あの頃は楽しかった。あの頃に帰れたら ...... おしなの思いはいつもそこに行きつく。
きょうもそう思いつつ、ふと見れば惣太郎は酒に酔ったのか? 前のめりになって舟を漕いでいる。

   「 惣さんたら。昔は御酒、とても強かったのに」

だが、突然の事故で死んだ惣太郎がここを訪れて来るはずはない。
おしなの目の前で寝入った惣太郎は十五年前に若いふたりが助けた王子の狐なのだった。
助けられて以来ふたりの身辺に付き添っていた狐が、今はおしなを慰めることに意を尽くしている……

おしなは、つと立ち上がると惣太郎に化けた狐の手から、箸と油揚げの入っていた空き皿をそっと取り上げ
その口の端しについた油揚げの小片をつまみあげ、ひっそり笑った。
そして、寝入っている狐を起こさないよう、とても小さな声で「ありがと」とつぶやいたのだった。
                 お稲荷さん
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コメント

こんばんわ。
おせんさん お約束の艶話。
こちらで十分ではありませんか。
おせんさんらしい優しいお話。

いつも読み逃げの私にはおせんさんの本性 わかっております。
いつもは読んで礼つつ退散するのに、あの日誌にはつい、つい
出来心で拍手してしまったのです。
ごめんなさい。

あ、でもド艶話でもきっと おせんさんなら素敵に書いてくださるでしょう。
ちょっと期待して 待ってみたり・・・。
えへっ。

もぐら #8tY9vXl2 | URL | 2013/06/29 23:57 * edit *

困った性分

> こんばんわ。
こんばんわ もぐらさん

いやもうアタシって、照れ屋!? ロマンチックなものや、しみじみしたものを書いたりしてたら
濃桃色(!?)や、どす黒いものを書いてバランス( 何の?)を取りたくなっちゃったようで。。。
時代小説は読み専だったのが、今は「書いてみようかしら」へ、二歩ほど足を踏み出したばかり。
そこはそれ、どぎついのも書いてみとうございます。。。

コメントありがとう!

おせん #- | URL | 2013/07/01 19:36 * edit *

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