おせんの江戸日誌

江戸と平成の世を行きつ戻りつの書き散らし

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怪談 恋しぐれ 


昼過ぎからぽつぽつ降りだした雨はすぐやむかと思われたのに、今ひさしを叩く雨音は強い。
弥吉が不意に立ちあがると、座ったままの新次郎とその許嫁のお菊を見下ろす格好になった。

弥吉は「作衛門さんの店と、ついでにお時さんちものぞいてこよう」そう言い、すぐ出ていってしまった。
きょうは月に一度の歌留多会の日なのだが、まだ三人しか集まっていなかったのである。
この日、新次郎の親兄弟は親戚の家に泊まりがけで行っており、会を催すには絶好の機会だったのだ。
弥吉が出て行ってすぐ、新次郎はお菊のぽっちゃりした白い手を触ろうとしてはねのけられている。
お菊は許嫁の新次郎に手さえ握らせないほど身持ちの堅い娘なのだ。

どのくらいたったのだろうか .......
すでに外は真っ暗で行灯の灯はわびしく、激しく降る雨の軒(のき)を伝う音がお菊には物悲しく思われた。
弥吉は出て行ったなりで帰ってこないし、他の連中も雨をおしてわざわざ来るとは思われない。
さっきまで火鉢の炭を転がすなど所在無さげだった新次郎も、今は手枕でいびきをかいている。

どのくらいたったのだろうか。
ぼんやり時を過ごしていたお菊の目の隅に炎の暖かな色が映った。そこは障子が閉まった次の間である。
それは蝋燭(ろうそく)の炎のように思えたが、自分たち以外に誰もいないはずなのになぜ灯りが?
不思議に思ったお菊は新次郎を起こすことも忘れ、障子に映る火影(ほかげ)をじいっと見つめていた。
と、いきなり蝋燭の火影に髪を振り乱した女の幽霊の影がありありと浮かんだのである。

キャアーと凄まじい声をたてつつ寝ている新次郎の背にしがみついたお菊。
眠りこけていたはずの新次郎が即座に向きを変え、素早くお菊を抱きとめたのは不思議ではあるが ....

弥吉は家を出て行ったと見せかけ、そっと次の間にひそみ時機をうかがっていたのである。
そして『仕掛け蝋燭』に灯をともしてから出たのだが、彼はこの夜ついに戻らなかった。
前日に歌留多会取りやめの知らせは済ませてあったので、会の連中が訪れるはずもない。

そして怪しい蝋燭は、お菊が身繕いする頃には幽霊もろとも燃え尽きてしまっていたのである。
                     蝋燭
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