おせんの江戸日誌

江戸と平成の世を行きつ戻りつの書き散らし

習ったうちの一つ 

関東一円に名を知られた川崎大師への道、いわゆる大師道に面して茂吉の店はあった。
近いため江戸から日帰りの参詣客も多く、茂吉の祖末な店もそれなり以上に流行っている。
その茂吉が、手頃な長さに切った竹を店先でためつすがめつ眺めているところへ平作が帰ってきた。
「とっちゃん ただいま! その竹、うちの店で使うのかい?」
「そうだ。そんなことより平作、きょうはどんな字を習ったんだ。忘れちゃねえだろうな」
「おいら忘れてなんかない!きょうのはウチに関わりある漢字なんだ。あとで書いてあげるよ」
そんな会話のあと、親子は朝の残りのネギ汁とたくあんをおかずにして昼飯を食べた。

まっすぐ育っていやがる…… おきねは死んじまったがアイツはおっかあを恋しがるそぶりも見せねえ。
家の手伝いも進んでするし、手習いだって師匠はほんに賢い子だとおっしゃってくださった……

茂吉は自分の骨身に沁みている読み書きが出来ないゆえの苦労と屈辱を、一人息子にだけはさせたくなかった。
そしてそれは産後すぐ死んだおきねも同じ気持ちだったのだ。字を読める書ける、そろばんができる
それだけでどんな出世の道がひらけるかも知れねえんだ。
「とっちゃん! どうだい凄いだろ。きょう習ったばかりの漢字三つのうちの一つだ。
 これ、うちの商品には焼いたのもありって書いてあるんだ。道から見えるよう表に貼っとくよ」
    YQ4CWsMg4pNUJz41486272686_1486272817.png  「焼いたのもあり、か」茂吉の目に平作の姿がなぜか、ぼやけて見えた。




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