おせんの江戸日誌

江戸と平成の世を行きつ戻りつの書き散らし

色ぼけ 享保元年九月 参道の女その二 

きょうも作次は団子と茶を婆さんの横に置きながら素早く婆さんを見やり、目をそらした。
作次にしてみればこの婆さんはどう考えてみても妙な客なのである。
婆さんが身に付けているものは清潔なもので火のしもあたっている。
年相応の皺はあるが顔だちは穏やかなもので人品も良く、暮らしむきも良さそうだ。
供の者も付けずに来るがどこか大店のご隠居なのかもしれない。

店が開く頃合いにやって来る婆さんは参詣が終わると作次の店に腰を落ち着ける。
そして暮れ六つの鐘が鳴るまでの間、無言のまま居座り続けるのだ。
婆さんはいつもおとなしくしているし、他の客に迷惑をかけるわけでもない。
けれど近ごろの作次はこの婆さんに少しばかり閉口している。

見るのだ。婆さんがさりげない風を装って作次を見つめるのだ。
どうかして目が合いそうになると婆さんが視線をそらすことを作次は知っている。
それは子どもの頃から気づいていたことなのだが、近ごろそれが度を超してきている。
幼友達の伝吉は「そりゃあ色ぼけしてるのさ」と笑う。
しかしそうでないことを作次はなんとなくわかっている。


初めてチャレンジしたホームページ連載時代小説:作2009年
今はもう消失したホームページなので、これは記録として。
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